第14話

 森を抜けるのは諦めた。

 いや、街道がないんだもの。あったはずの森の街道は、すっかり寂れ、獣道の方がマシってくらいに荒れていた。

 モンスターに襲われたら生き残れない。それどころか、野生の獣に遭遇しただけでも危ないくらいだ。

 しかし、森を抜けるのは諦めても、エルダールに向かうのは諦めるわけにはいかない。

 どうしたものかと悩んでみたが、解決策はひとつしか思い浮かばなかった。


「いやー。助かりましたよ。頼んでみるものですね。ありがとうございます」

 数日かけてルートを探してみたものの、素人が立ち入れそうな道を見つけることができなかったため、ダメで元々と、神に祈ってみたのだ。

 そしたら、あっさり来てくれた。

 お忙しいところ、わざわざすみませんね。

「いえいえ。こんなところに旅人とは、珍しかったものですから。何十年ぶりですかねえ?」

 俺を背にして移動してくれているのは、風の大陸の森の守り神だという。世界樹の精霊であり、風の大陸の各地に根を伸ばす。世界樹は1本だけなのだが、根を通じて各地で姿を現すため、その土地土地で呼び名は変わる。

 エルダールの近くにも、つまりは、この森にも根を伸ばしており、この辺のエルフからはユグドと呼ばれているようだ。

 見た目も信仰によって変化し、定まった姿は持たない。

 今回は、俺を背に乗せて運ぶ都合で鹿に近い姿をしている。複雑で立派なツノを持ち、体も大きい。いかにも神獣といった雰囲気だ。

 ただ、見た目と違い、非常におっとりとして、物腰柔らかな口調である。おかげで、神様の1柱だとついつい失念してしまいそうになる。

「それで、何だって旅なんかしてるんですか? 危ないですよ?」

「いやー。実は、俺、この世界の人間じゃないんですよ」

「え? あ。そういうことでしたか。どうりで、気配が怪しいと思っていたところです。そうですねえ。先に、その辺のことを教えてもらえると、わたしも安心して案内できるのですが」

 もっとこの世界のことを見て回ってから仕事にとりかかろうと思っていたのだが、せっかくなので手伝ってもらおう。

 この森を見ただけでも、先が思いやられるのだ。

 協力者がいてくれた方が助かるだろう。

 それに、俺のところに顔を出したのも、警戒心からだったらしいので、要らぬ誤解を受けるわけにもいかない。

 と、いうわけで、ざっくり全部ぶちまけることにした。


「イ、イネト様の……」

 ユグドは、途中で足を止め、俺の話に聞き入っていたかと思ったら、ギョッとした目で振り向いた。

 そうかと思ったら、恐る恐るといった雰囲気で言葉を続けてきた。

「わかりました。わたしも、コウ様のお手伝いをさせていただきます」

「へ? 疑わないの?」

 いくらこの世界の神がポンコツとはいえ、これは不用心すぎやしないかい?

「いえ。御父上のお名前を知っていることが、何よりの証拠ですので」

「そういうもんなの?」

「はい。表向き、この世界の主神は、御父上ではないのですよ。そして、そのことを知っているのは、御父上より神として生み出された我々と、その眷属の他には、ほとんどいないのです」

 それで、あの時、仰々しく、創造神イネトの名において俺を神の右腕って宣言したのか。これは、思っていた以上に、重大なことだったらしい。

「とういわけで、視察のためにエルダールに行きたいわけなんですよ」

「そういうことでしたか」

 ユグドは、すっかり俺のことを信用したらしく、移動を再開した。

 良い機会だったので、移動時間を使って、ユグドにこの世界の現状を教えてもらった後で、今後の方針を伝えることにした。

 現状については、まあ、予想の範囲を出ることはなかった。やはり、どの大陸も平穏無事で、争いもない安穏とした空気で満ちているらしい。

 そのため、今後の方針を聞かされたユグドは、ビックリしすぎて危うく転倒しそうになってしまった。

「どどどどど、どういうことなのですか?」

「どうもこうもないよ。神様が働きすぎて、人族が生きがい失ってるんだよ。だから、強制退場してもらう」

「そんなことをしてしまったら、人族は生きていけないのではないですか?」

「良いんだよ。生きていけなくても。絶滅させちゃったらマズいから、そこまで追い込むつもりはないけど……。それにね」

「?」

「人族ナメんなって」

 これは、けっこう本心だ。

 人間ナメんな。

 でも、同時に思う。俺をガッカリさせないでくれよ? とも……。

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