第12話
ウィンドレッドの街は、風の大陸の南端に近いエリアにある。全ての大陸で、似たような場所に初期エリアが設定され、街が作られている。そこから始まり、遠く離れるほど、大陸特有の姿を見せていく構造だ。
風の大陸だと、北に行くほど大森林となり、人が住むには適さなくなる。しかし、鬱蒼と茂る木々の中でこそ、エルフは生活できるらしい。
俺は、ウィンドレッドの街を出て、ひたすら歩き続けた。
「空腹システム入れてなくて良かったな」
どれだけ動いても、時間が経っても腹が減らない。システムとしては、食べることができるようになっている。実際、街でもらっておいた食事を、歩くのに飽きた頃に食べてみた。
美味いかと問われると、微妙だった。
一人暮らしのため、自炊をすることもあったので、料理はそれなりにできる。しかし、そういう問題には思えない。
たぶん、そもそもの食材が、俺の知っている日本のレベルには程遠いのだ。外国から来た同僚が、郷土料理を作った時、日本で作った方が美味しくなると不思議がっていたことがあるが、その答えが食材の違いなのだ。
500年から1000年前の食材を使って現在の料理を作ったとして、美味しいと感じるかどうか? という話。改良に改良を重ねた畜産農家の努力が、そんなに簡単に手に入るわけもない。
とはいえ、不味くて食えたものじゃない、というレベルでもない。
ハードの機能として、味覚も嗅覚も再現できないタイプだったため、ゲーム内の食事は雰囲気作りのための要素にしか過ぎなかったのだが、最初に感じた違和感の通り、味も匂いも感じることができた。五感は全て正常だ。
ただ、腹に溜まる感覚はない。
喉を通った瞬間、スッとどこかに消えてしまうのだ。
これもあって、トイレ事情も快適だ。何しろ、必要ないのだから。
同様に、汗もかかなければ、代謝もないので、風呂も必要ないのだが、これは日本人の魂に刻まれた欲望として無視できなかった。
欲望といえば、三大欲求である。
食欲、睡眠欲、性欲。
食欲に関しては、まあ、別に必要ない。気になった時に食べることもできるので、満たすことも可能だ。
睡眠欲。これも必要ない。アバターの体になったことで、必要なくなったようだ。確かに、ゲーム内でも睡眠を必要とはしない。HPとMPの回復に宿屋で1泊するというシステムはあるが、HPもMPも自然回復する。戦闘時以外であれば、フィールドでも回復する。なので、ゲーム内のアバターは、不眠不休で動き続けようと思えば、動き続けることができる。
まあ、実際にそんなプレーをすると、ペナルティスキルである〈不眠不休〉を取得してしまい、比較的長い時間ログインできない事態に陥ってしまうのだが……。
α版にそれはない。なので、睡眠をとる必要もないし、実際、丸3日寝ていないが、不都合は感じていない。頭がボーっとする感覚もない。何というか、自分の体はここにあるのに、別の場所で考えているような、そんな奇妙な感覚だ。ただ、状態異常としての眠りは存在するので、完全耐性を備えているわけではないだろう。
最後の性欲。これは、もう、どうしようもない。
そもそも、アバターの体に、性差があるとお思いで?
そりゃ、キャラクターを登録する際に、体型を反映させるために、肉体をスキャンする。それによって、胸の膨らみであったり、その他様々な身体的特徴は再現される。胸の膨らみなどを誤魔化そうとする人もいるだろうが、かなり質の高い詰め物を用意しなければ、スキャンは見抜いてしまう。
何故にそこまでリアルの体を再現する必要があるかというと、そうしないとゲーム内で自分の動きに違和感が出てしまうからなのだ。
届くはずのものに手が届かない、当たらないはずの高さの梁に頭をぶつける。そんなことが起こってしまうのだ。
慣れる者も多いだろうが、酷い場合は酔ってしまってプレーどころではなくなってしまうのだ。
ゲーム内だけであれば、まだ許容できるかもしれないが、ゲームに慣れ過ぎて、実生活で同じことが起こると、命にかかわる事故につながりかねない。
なので、不満があっても、手を抜けないのだ。
……が。
唯一といってもいいほど、手を抜ける箇所があるわけだ。
そう。男性であれば男性器、女性であれば女性器である。ついでにいえば、肛門もない。
VRゲームの規制のため、15歳以上にならなければ遊ぶことはできないとはいえ、そこを丸出しにすることはない。
つまり、男性だろうが、女性だろうが、そこには何もないのだ。
要は、無性なのだ。おそらく、これもあって、食事もどこかに消失してしまうのだろう。出す所がないんだもの。
つまんない。とは思うが、緑山さんに頼むほどでもない。だいたい、この世界に来る前でも、40歳を過ぎた頃から性欲はかなり低下していた。そこは、年齢的に受け入れる部分だと思っていたので、悲嘆もしていない。
……していない。
……してないぞ。
なんてことを考えながら、旅を続ける。
道中、モンスターを〈発見〉することも少なくなかった。ウィンドレッドを出たばかりの頃であれば、守護神の眷属が来る前に、討伐を試みることができた。
しかし、たいていは、戦いが始まる前には眷属が駆けつけ、駆逐すると同時に去ってしまう。
結局、1体も倒すことはできていない。
おかげで、レベルも1のままだ。
戦えないとスキルも取得できないので、困ったところなのだが、今はレベルアップに時間を費やす時ではないと眷属を頼ることにした。
何より、睡眠も休息も必要ないので、昼夜問わず歩き続けるうちに、すぐに自分で倒せるモンスターはいないエリアにまで到達してしまったのだ。それに、進めば進むほど、モンスターを見かけることも減っていった。
「この先が、確かエルフの都市で、隣のエリアに人間の都市があったはずだよな」
国境的には、ウィンドレッドと人間の都市の方が往来はしやすくないとおかしいはずなのだが、一度エルフの国に入り、エルフの都市があるエリアを抜けた方が良いのである。
どうしてそうなっているのかは、正確な歴史を知らないために何とも言えないが、あの創造神のことなので、特に意味はないのかもしれない。
何はともあれ、最初の目的地へと向かって、俺は足を速めるのだった。
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