第5話

「ステータス振り直せて良かった。……良かったのか? ホントに」

 DEXに極振りした後になって、やっぱり後悔してしまいそうになる。まったく、アシスタントディレクターでも迷うのだ。プレイヤーはさぞかし悩むことだろう。

 ただ、命にかかわることではないので、今の俺よりはマシだろうな。

 初期装備を身にまとい、武器は弓を選択する。

 ステータス的に、他の選択肢はない。いや、この辺のモンスターであれば、近接戦でも辛うじて勝てる相手のはずだが、回復アイテムが心許ない現状では、無理はできないのだ。ゲーム内であれば、戦闘の素人であっても、システムによって勝手に体が動いてくれるようにサポートが入るのだが、この世界でもそうとは限らない。

 しかも、パーティを組める相手もいない。いたとしても、説明が面倒臭いので、なるべく避けたい。

「とりあえず、外で様子見しながら採取して回らないとな。〈発見〉は、さっさと取得しておきたい」

 街を囲むモンスター避けの防護壁を目指し、歩を進める。

 中心地から伸びる大通りを進めば、門が見えるはずだ。

「門番がいないどころか、門も閉じてないんだな。モンスター、出るんだよな?」

 ゲーム内であれば、基本的に街中に侵入するような設定になっていないので、閉じる必要もないのだが、この世界のモンスターに、そんな設定が施されているはずもない。何しろ、創造神によって生み出されたものではないのだ。つまりは、システム外の存在であり、コンピューターウィルスみたいな存在である。

 ずいぶんと緩い警備体制だとは思ったが、門番から変に問い質されるよりは良いだろう。

 俺は、ざっとフィールドを見渡し、見晴らしの良い方へと向かっていった。

 見たところ、モンスターも見当たらない。もしかしたら、街に近いために、他の冒険者が排除してくれているのかもしれない。

 それでも、周囲を警戒しながら、散策を始める。

 しばらくすると、草むらの中に仄かな明かりが発せられているのを見つけることができた。

「ありがたい。この世界でも、採取ポイントは発光して知らせてくれるんだな」

 採取ポイントはランダムで生成されるが、完全にランダムというわけではない。いくつかの決まったポイントから、様々な要素を計算してランダムで配置され直す仕様となっている。

「拾えるものも、ゲームと同じっぽいな」

 アルヒ草やレアム草、マギアのつぼみ、朝露の雫といった調合に必要な素材、キインの枝、銅鉱石、といった装備品を造るのに必要な素材が見つかる。

 生産職には〈錬金〉〈調合〉〈鍛冶〉〈木工〉〈裁縫〉〈細工〉〈魔加術〉の7種類が用意され、兼業も可能な仕様になっている。

 基本となるのは〈錬金〉と〈調合〉だろう。〈錬金〉は、複数の素材を混ぜ合わせて、材料へと変質させる職人である。銅鉱石を銅のインゴットにするといった感じだ。そして、〈調合〉は、素材を組み合わせ、消費アイテムへと作り変える職人である。アルヒ草を水に溶かしてHPポーションにするといった具合だ。

 このふたつが基本となる理由は、〈鍛冶〉〈木工〉〈裁縫〉は、〈錬金〉によって材料を準備しなければならず、〈魔加術〉によって装備品に付加効果を乗せるためには、消費アイテムを準備しなければならないからだ。

 ひとつだけ系統の違うのが〈細工〉であるが、これも最初は見た目の変更だけに使われるが、後々アクセサリーの作製だとか、ルーン文字などで付加効果に近いことだとかができるようになる。

「しかし、モンスター、いないな。いない方がありがたいけど、レベルも上げられないのは、ちょっと困るぞ?」

 1か所の採取ポイントで拾えるアイテムは、5個から10個程度である。

 移動を繰り返し、拾い集めたアイテムをインベントリに放り込んでいく。

「あー。インベントリが生きていて良かったあ。これだけの量を担いで移動するとか、軽く死ねる。……って、こともないか?」

 実年齢は40過ぎのおっさんである。運動らしい運動もせず、デスクワーク主体。体力があるわけもない。たまに、一念発起してランニングでもと思い立つものの、数百メートル走るだけで体が動かなくなる始末。

 それなのに、アバターの体を取り込んでいるからなのか、足取りは軽いままだ。

 こんな体であれば、開発を途中で離れることもなかっただろうに……。

 安藤さんがディレクターを務めるGreenhorn-onlineであるが、本当であればアシスタントディレクターという役職の人間が配置される予定はなかった。

 それでも、俺がアシスタントディレクターに指名されたのは、安藤さんが高齢であり、本人がいつ死ぬかもわからんから、いつでも交代できるようにするべきだと、周囲を説得したからである。

 だというのに、安藤さんよりも先に、俺の体の方が先に仕事に耐えられなくなるとは、想像もしていなかった。

 おかげで、チーフプランナーの内川が俺の代わりにアシスタントディレクターに昇格し、プランナーの中から若いが優秀な白石がチーフプランナーに抜擢されることになった。まあ、これは、これで若手に道を譲れたので、良かったと思っている。そのため、さっさと体を治して、しれっと下っ端として戻ろうと思っていたくらいである。

 この辺は、独り身の気楽さだ。

 しかし、本当に長閑だ。緑山さんに騙されたんじゃないのか? と、いうほど何も起こらずに、街の外周をひと回りしてしまうのではなかろうかというところで、ついに遭遇したくなかったモンスターを見つけることになったのだった。

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