神様から貰ったのは聖剣でした

「はぅ…………っ!」


 ハッと目を覚ました。


 ここはどこだ? 視界が真っ白だ。

 見渡す限り何もない。


 石一つ転がってなければ、

 人っ子一人シコシコしてない。


 ただ、白濁色の平面が彼方まで続いているだけで、それ以外何もない。


 ――というか、私は今まで何をしていたんだ?


 確か、寝坊して……急いで電車に乗って……

 

 汗だくでビックサイトに到着して……


 売り子の友達に怒られて……


 コミケ始まって……新刊売り終えて……

 

 それから……それから……


 ――ダメだ。思い出せない。


 記憶を思い起こそうとするだけで頭が軋む。

 二日酔いに似たような感じだ。気持ち悪い。


 ああ、水が飲みたい。

 ――だが、そんなものはどこにもない。

 まったく……これだから使えない異空間は困る。


「とりあえず、寝よう……」

 

 私は、真白な平面に横になると、ゆっくりと目を閉じた。




 それと同時くらいだっただろうか。頭の上から声が聞こえた。


「――目覚めよ。目覚めるのだ、勇者よ」


「…………(は?)」


「そなたは選ばれた」


「……………………(え、これってまさか……)」


「世界は危機に瀕している。そなたの力が必要だ」


(うわー。これ見たことあるやつだ。十中八九、異世界転生ってやつだわ)


「私は神だ。そなたに、一つだけ力を授けよう」


(あー、お決まりイベント始まっちゃったかぁ)


「世界を救えるのは、そなたしかいない」


(――ってか、私死んだのか。 おいおい、コミケに行って死ぬとか、前代未聞すぎんだろ)


「さぁ、エ口えぐちよ! 目を覚ませ!」


 凄味のある声が頭に響く。


(うるさいなぁ。こちとら頭痛いんだよ。少し黙っててくんないか、神様とやら。)


「………………」


「………………」


「………………………………」


「………………………………(おっ、黙った)」


「………………………………………………」


「………………………………………………」


「………………………………………………」


「……………………………………………………(このまま寝たふりしとけば、異世界転生ルート回避できるか?)」


「………………………………………………」


「………………………………………………」


「………………………………………………」


「………………………………………………」


「――目覚めよ。目覚めるのだ、勇者よ! ――そなたは選ばれた!」


「――いや、ループするのかよ!!!」


 あっ——、思わず突っ込んでしまった。


「おお! ようやく目覚めたか、勇者よ!」


 不覚。異世界転生ルート確定だ。




「やっと目覚めたか! エ口えぐちよ!」


「どこかの誰かさんが、うっさいからな……」


「どこかの誰かさんではない! 私は神だ!」


 何もない空から怒鳴り声が響く。鼓膜を突き破るように耳がキーンと鳴る。


「――はいはい。神だか何だか知らないけど、なんで私のこと呼んだんだよ? 私は勇者じゃないぞ?」


「そなたは、勇者だ。いずれ世界を救う英雄となるだろう」


「マジで言ってんの?」


「神の目に狂いはない! ——ちなみに、貴様が履いているパンツの色は黒だ!」


「なるほど。目は狂ってないけど、頭の方は狂ってるらしい」


 苦笑混じりのため息をつく。

 私は、上体を起こし、あぐらをかいた。

 大きく背伸びしてから、自分の股を手でガリガリと掻く。


「そなたが旅立つに当たって、我が一つだけ『願い』を叶えてやろう」


 ああ、恒例行事が始まったらしい。

 ぶっ飛び級のチート能力とか、お化け級のステータスとか。望むものであれば何でも手に入る、異世界転生のお決まりイベントだ。


 お決まりが分からない人のために状況を簡単に説明しておこう。

 いわゆる、この状況は、


「わぁー、転生おめでとう!

 誕生日プレゼント、何が良い?」


「んーーー、チート能力ぅ!」


「じゃじゃーん! チート能力だよー!」


「わーい! ありがとぉー!」


 ——つまり、「お誕生日会」だと思ってくれれば良い。


 私は、口元に手を当てる。


「——『願い』ねぇ」


「なんでもいいぞ、思うがままに言ってみるがよい」


「んー、そうだな——」


 自分が一番欲しい物を思い浮かべる。


 異世界に行っても生活に困らないもの……。

 異世界に持っていきたい現代のもの……。

 

 とにかく、異世界は危険がつきものである。

 凶暴なモンスターが辺りをうろうろしているだろうし、国家間の戦争に巻き込まれる可能性も大いにある。


 ピンチの際に、超人的な能力やアイテムがなければ、普通の人間はまず生き残れないだろう。

 ましてや、ぐうたらで引きこもりの私なんかが異世界に放り出されたら、命がいくつあっても足りないだろう。


 ぐうたら……。


 引きこもり……。


 身を守る……。


 私は、ウンウンと思考を巡らせた。


 無難に、「全ての魔法が自由に使える」というチートはどうだろうか?


 ——いや、そんな能力を持ってたら目をつけられてしまう。

 私は戦うのなんて、まっぴらごめんだ。


 ぐうたら……。


 引きこもり……。


 戦いたくない……。


「————あっ!」


 その時だった。

 突如、私の頭に天才的なアイディアが舞い降りてきた。

 これしかない——そう確信した。


 私は、湧き上がる興奮を抑え込む。

 大きく深呼吸をして、平然な顔を装った。


「——なぁ、神様。『願い』って何でもいいんだよな?」


「ああ、そうだ」


「なら、『場所』とか注文してもいいのか?」


「もちろんだ。神にできないことはない!」


 自慢げに鼻を鳴らす神。

 私は、ニヤリと卑しい笑みを浮かべる。


「それなら——『私の部屋』を異世界に転移させてくれ!」


「————っ!?!?」


 突拍子もない『願い』。

 神は驚きを隠せず尋ねてくる。


「……なっ、何故だっ? 理由を述べてみよ!」


 私は、少しおどけた様子で答えて見せる。


「あー、私、自分の部屋がないと落ち着かないんだわー。ちなみに、現在進行形で自室に引きこもりたいんだよなぁー」


 私が重度の引きこもりであることは事実だ。

 だからこそ、異世界には自室が欲しい。

 いや、なくてはならないのだ。


 だが、自室が欲しい理由はそれだけじゃない。

 私の自室には、自分の命の次に大切なもの——「エロ漫画」があるからだ。


 私が生涯をかけて集めたエロ漫画たち。それが、元の世界に取り残されるのは可哀想である。


 異世界転生するなら、エロ漫画も一緒だ。

 エロ漫画のない世界なんて、タコの入っていないタコ焼きと一緒である。


「なぁ、どうなんだ、神様? 『私の部屋』を異世界に転移することはできないのか?」


 返答待たずして、私は神を煽り立てる。


「あ、ごめんごめん! いくら神様でも、元の世界の『私の部屋』を丸ごと異世界に飛ばすのなんて不可能だよなー」


 分かりやすい挑発。こんな挑発に乗るのは子どもくらいである。

 ——だが、予想以上に神はちょろかった。


「我を舐めるな! 神に不可能はないっ!」


「へぇー、じゃあできるんだー?」


「当たり前だ! 部屋の一つや二つ、容易くあちらに飛ばしてくれるわ!」


「なら、私の願いは『私の部屋』を転移なー。はいはい、よろしくー。そんじゃ、おやすみー」


 密かな『目的』を達成した私は、勝手に三度寝体勢に入ろうとする。


「——ちょっと待て!」


 慌てて神様が呼び止めてくる。どうやら、私を転生させる理由を思い出してしまったらしい。


「世界は危機に瀕しているのだぞ!? 分かっているのかっ!?」


「あーわかってるわかってるー」


「そなたは勇者として選ばれ、世界を救うのだぞ!?」


「やっとくやっとくー。任しとけー」


「本当に『部屋』一つで世界が救えるのか!?後で変更はできないぞ!?」


「あーうん。そんなんでよろしくー」


「…………………………」


 これ以上掘り下げられては面倒なので適当に流す。

 私は、密かな『目的』を達成して安堵した。

 だが、それと同時に、心の奥底で本音が沸々と湧き上がってきてしまった。


(――ったく、うっせー神様だな。そもそも、私は世界を救うつもりなんか、さらさらないんだよ。

 悪いけど、転生したら適当にのんびりと暮らさせてもらうからな?


 ――つーか、誰が勇者だよ。ばーか。

 そんなの、めんどくさくてやってられるか)


「ほぅ……キサマ、めんどくさいのか」


「――っ!?」


 思わず口に手を当てる。

 まさか本音が漏れてしまったのか!?


「神である我の前では、そなたの本音なぞ全て筒抜けだ!」


 どうやら神は落ち着きを取り戻してしまったらしい。私が口に出していない思考まで読み取ってくる。


(じゃあ、さっきの寝たふりとかもバレてたってことか……!)


「当たり前だ。……キサマ、神にたてつくとは良い度胸をしているな」


 語気が強まる。神の姿が見えないことが、畏怖感をよりいっそう引き立てていた。


「ごめんなさい! (一応、謝っておこう)」


「一応、謝っておこう――だと?」


「あっ……これはダメみたいですねー……あははは……」


 私は、苦笑いで誤魔化す。

 だが、神の怒りは収まることはなかった。


「さて、調子に乗っているキサマをどうしてくれようか……」


「ほんとごめんなさい!(ごめんなさい!)」


「今さら、謝っても手遅れだ! 神を愚弄した罰、身をもって償ってもらうぞ!」


 私は土下座をして謝罪の言葉を立て並べる。しかし、神にその声は届かない。


「——おお、そうだ。我がキサマの体に『力』を与えてやろうではないか、勝手にな」


「えっ、ちょっ――」


 ――その時だった。パチンと音が鳴った。

 その直後。私の体がドクンと大きく震えた。


「うぐっ――!」


 その場に倒れ込む。体が急激に熱くなる。


「なにをっ――うがああああああああ!!!」


「ふっふっふ……。神を欺こうとした罰だ」


 ――熱い! 熱い! 熱い! 熱い!


 自分の体が自分じゃないようだ。

 全身がゾクゾクと疼く。胃の底からマグマが昇ってくるような感じだ。


 ――いや、違う。

 もっと具体的には、股だ。

 股の間が燃えるように熱い。


「あぐっ…………あがっ…………」


 苦しそうに悶えながら、私は地面を転がりまわる。

 自分の股を両手で抑え込みながら、ジタバタとその場をのたうち回る。


(なにっ、これっ……! イクっ……!)


 私は、股を手で握るようにして押さえたまま、エビのように体をのけぞらせた。


「んあああああああああああああああっ!」


 全身を突き破るような感覚が私を襲った。

 体がふわふわとした感じに包まれ、快感が頭を真っ白に染め上げていった。




「はぁっ……はぁっ……」


 私が息を切らしていると、神が言った。


「お前には、聖剣を与えた。たった一振りで千の敵を圧倒することができる神器だ」


「せい……けん……?」


 ――その時。私は、もそりと嫌な感触を感じた。


「まさか……」


「そうだ。自分で確かめてみるが良い」


 私は、自分の股に手を当てる。


「あ――――」


 さっきまでツルツルだった私の股に、何かが生えている。それは、キュウリのような、マツタケのような、ほどよい硬さのある細長い殖物しょくぶつだった。


 神が高らかに笑う。


「はっはっは! 生意気なキサマには、特大の聖剣を与えてやったぞ。感謝するがよい」


「うわ……まじかぁ……」


 私は、履いていたズボンの中に手を入れる。

 そして、黒色のパンツに手を掛け、それをめくり上げた。


「――――――――」


 ——チーン。

 呆然として何も言えなかった。


 ――そう。

 パンツの下には、立派な聖剣こと――イチモツが生えていたのだった。


「わっはっは! 気に入っただろう?」


「いやいや……気に入るやついるかよ……」


「おかしいな。エロ漫画家は、イチモツが好きだと聞いていたのだが」


「いや、見たり描いたりするのは好きだよ? でも、突貫工事まで行うやつはあんまいないぞ!?」


「まぁ、安心せよ。その聖剣があれば敵なしだ。一突きすれば、どの敵も屈服してしまうぞ」


「安心できるか! 性的に屈服させる聖剣なんて不安しかないわ!」


「――あ、そうだ。名前を考えてなかったな……。うーん。名前か……そうだな……」


「おい、話聞けよ! エロ神!」


 神は、やや考えてから言った。


「おお、思いついたぞ! エ口えぐちよ!」


「言ってみろ。中学生みたいな名前つけたら承知しねぇからな」


「ふっふっふ、とっておきの名前、

 その名も『性剣ペニスカウパー』だ!」


「やっぱり、中学生じゃねぇか!」


 神は、「わっはっはっは」と大笑いした。

 人にチ●ポコ生やして馬鹿笑いする神なんて、さっさと天界から追放されて欲しい。


「あああ……。これもう、お嫁にいけないっていうか、お嫁をもらう側になってんじゃん……」


「安心せよ。女の体にイチモツが生えただけで、性別そのものは変わっておらん」


「それって、『ふたなり』ってことだよね!?」


「貴様らの業界では、そう言うらしいな。――ああ、念のため言っておくが、我は、ふたなりが好きだ!」


「てめぇの趣味は、聞いてねえええ!!!」




 ある夏の昼。コミケ会場で私は死んだ。


 数多ある異世界転生ルート。

 神様にたてついた私が辿り着いたルートは、


『ふたなり転生』でした。

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