相反するものと

前夜


部屋のベッドに体を投げた。

バネの軋む音がして、体がバウンドする。

一人で過ごすには少し広すぎる部屋に、CMの音楽と自らのうめき声だけが響く。

あんなことが立て続けに起きず、平和に過ごしていれば、楽しく研修を終われたに違いないのに。

朝に整えたベッドのシーツがよれる。


部屋のチャイムが鳴った。

シンヤはまだ病院なのでマサキだろうか。それともマコさんか?


「はーい!今出ます」


ベッドに突っ込んだせいでクセがついた髪をぐしぐしととかし、ドアを開く。

赤いカーペットの廊下にはフルルが立っていた。

心配そうな顔でタクミを見つめていた。




「そう、さいなんだったね…」


「うん、でももっと僕がちゃんとしてればどうにかなることもあったんじゃないかって思ってさ…」


ソファの上で僕は語った。

彼女はマコさんから事を聞きつけて、心配して来てくれたようだ。

こんな馬鹿の為に…ありがたいと心から思う。


「ホッキョクギツネちゃんもきっと大丈夫だよ。そんな落ち込まないで。セルリアンは仕方ないよ」


フルルちゃんが汗をかいたグラスの水をゆっくりと飲み干す。

いつもはあんなにフワフワしているのに、こういう時だけ大人っぽいなと思う。やっぱり、自分より年上なだけあるんだろう。


「わざわざ来てくれてありがとう。少し気が楽になったよ」


そう言うと、フルルちゃんはニコッと笑った。


「次は私も誘ってね?」


「…うん」


次があるか怪しいが…


「そうだ!もうバスのじかん」


フルルちゃんが突然、弾かれたように席を立つ。

いそいそとお茶を冷蔵庫に戻す。


「もう帰っちゃうの?」


「うん、次のバスに乗らないと暗くなっちゃうから」


フルルちゃんは部屋の入り口にかけてあったコートを取り、マスクとサングラスをつけた。

髪の色ですぐバレそうだけどそれは意味があるんだろうか。


「本当ありがとう。時間かけてこれだけ話しに来てくれて」


フルルちゃんが首を横に振る。


「私が会いたかっただけ。じゃあねー、タクミ」


「じゃ、じゃあね」


今さらっと恥ずかしいことを言われた気がしなくもない。

パタンと小さな音を立てて、オートロックの扉が閉まった。




ボーッとけたたましい汽笛が鳴る。

パークから本土への最終フェリーが出たのだ。

対照的なシルエットのおじさん二人は、甲板で少しずつ小さくなろうとしている島を見つめていた。


「坊っちゃんを置いて行くの、心配だな」


「…やはりあのセルリアン、アレだと思います」


「ああ…考えたくもないが…」


「お兄様が持ち出したのかもしれませんね」


ヒゲをいじりながら、小太りの男は言う。


「俺たちはあんなものまで作って、どこへ行こうとしていたんだろうな。科学に犠牲はつきものだとか言ってよ、そんでその犠牲は誰の身代わりにどこへ飛ばされるんだか」




「おいで」


深夜だった。

そこは監視カメラの死角で、夜行性のフレンズもそうはいない港。

コストコの近くの港。

病院の近くの港。


海面から静かに上がってくるのは毒々しい青さの触手。

ホッキョクギツネ と書かれたラベルの貼ってある試験管を、そっと触手に手渡す。

触手がその試験管を握り潰すと、みるみるうちに触手に白い筋が入っていった。


「本当にヤバい時以外は、人を引き摺り込んだり、怪我させるんじゃないぞ。いいな」


この言葉がちゃんと伝わっているなんて事はありえない事はよく知っている。

そもそも、コイツは攻撃性を上げないように作ったし、殺傷性は皆無だ。

しかし、思い出されるのは先日の暴走。


既にこちらのセルリアンはハクトウワシのデータも持っている。

更にサンプルを加えたい。

あの男のも。


「人間の時代に新しいページを書き足せるか?」


機械のボタンを押す。

これで病院の近くの水路にあらかじめ付けておいた機械から、セルリアンをおびき寄せる為の高濃度サンドスターが撒かれ始める。

雨も振らないようだし、計算上は明日の昼ごろに海に到達するはずだ。

そうすれば、コイツは水路を辿って夕方までには病院にたどり着く。

シンヤから話は聞いているし、イノマタタクミが明日の夕方に病院に来る事もわかっている。


雲に隠れていた月が現れ、静かにヒロミの顔を照らす。

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