病院にて


影からはみ出ている太陽が眩しい。

だんだんと空の青、流れる雲が見えてくる。

タクミ先輩が自分の顔を覗き込む。


「シンヤ…よかった…」


「坊ちゃん!」


パラソルの下で、ビーチチェアに寝かされていた。


「…どうなったんですか?」


頭がまだうまく回っていない。

飲んで、と口にペットボトルの水を流し込まれる。

若干気持ちが悪い。


「みんな無事で観光客の怪我もないよ…けど」


「けど…?」


肘をついて頭を無理やり起こす。

胸焼けのような不快感を覚えながら、何気なくチラッと横を見る。


運ばれる担架から白い髪が垂れていた。

あぁ。




「はい、はい…本当に申し訳ありません、僕の監督ミスです…申し訳ありませんでした…はい、替わります」


シンヤ君?と声がかかって、タクミ先輩が俺に電話を差し出す。


「もしもし」


「シンヤ!大丈夫か?」


電話の主は親父だった。


「あん。ちょっと倒れただけだって」


「セルリアンに攻撃されて倒れたがちょっとな訳ないだろ!」


あまりに久々に親父が怒っている声を聞く。


「…ごめん。でも俺が勝手に飛び込んだんだ。先輩とおじさんは責めないでよ…」


電話越しにため息が聞こえる。

額を抑える父の顔が目に浮かぶ。


「ちゃんと病院で休め。西の病院だろう?そこで安静にしていればすぐに良くなる筈だが…ちょっとでも目眩がするようなら休め。ダメそうなら帰ってこい。いいな?」


「…わーったよ」


先輩に電話を返す。

先輩にも迷惑かけちゃったな。

マコさんにもだ。

ホッキョクギツネ、どうなったんだろう。

兄さんにせっかくオススメまで聞いて、プラン立てて、こんなになるなら行かなきゃよかったな…


「はい。失礼します…」


先輩が電話を切ってこちらに来る。

俺は無音にしていたテレビの音量を元に戻す。


「ホッキョクギツネはどうなったんですか?」


お茶セットに伸ばしていた先輩の手がぴくりと動く。


「気絶してたけどもう復活してる。今はあんまり考えないで休んでなよ」


「ホッキョクギツネはなんで気絶したんですか?」


茶っ葉を急須に入れていたタクミは、一呼吸置いてから俺に言う。


「君を…庇ったんだよ」




「シンヤさんは無事なのね…よかった」


ホッキョクギツネが頭を起こそうとするが、すぐに力が抜けてしまうのかかなわない。


「無理しないで、大人しくしてて」


マコさんがホッキョクギツネの布団をずり上げる。


私はもっと良い判断が出来たんじゃないのか?

セルリアンがハクトウワシを吹っ飛ばして出てきた時、私は真っ先に避難させようと動いた。

でも周りには他の職員もいた。

シンヤ君やマサキ君、ホッキョクギツネちゃんのかわりに、私が突撃すれば良かったんじゃないかと頭の中がぐるぐるする。

私が守らなきゃいけなかった。


「…ごめんね、ホッキョクギツネちゃん…」


不甲斐なくて、鼻の奥がツーンとする。

自分の声がみっともなくなっているのを感じて、咳払いする。

もっとちゃんとしなきゃ。




ハクトウワシは骨折などないものの、全身を強く打ち付けてしまっていたので苦しんでいた。

マサキはセルリアンの息をあまり受けなかったのですぐに回復していた。


「ううっ…」と、時折ハクトウワシが苦しそうな声をあげる。


「痛いか…?大丈夫か?!」


「んんっ…」


ハクトウワシが抑えている背中をさすってやる。

自分よりずっと小さな背中だった。

確かに、こんな小さな背中に守られたのだ。


「ハクトウワシ…」


「…こんな痛みくらいどうってこと無いわ!そもそもセルリアンと戦うってそう言うことよ」


ニヤッとハクトウワシが笑う。

すげぇなぁ。

強いよ。




「坊ちゃん、守れなかったな…」


「…」


太ったシルエットが逆光で照らされる。

細った男の手の手は目頭に当てられ、中指がとんとんとリズムを刻んでいた。


「おい、聞いてんのかよ」


「ええ。聞いてますとも。それよりも」


「それよりも?」


猫背な骨張った背中が少し伸びる。


「あのセルリアンはほぼ間違いなく紛失したサンプルから作られています。あれは誰かに放たれたとしか考えようがありません。波長が同じです」


「パークにいた時の職員が持ってったってのか?」


「思い出してください。サンプルが消えたのはコーポレーション設立後、去年ですよ。しかも社員は私と貴方、鹿目社長とその息子、ヒロミ坊ちゃん」


「…考えすぎじゃねぇのか?そもそも人工のサンプルっつっても自然で発生する確率は万に一でもあるわけだ。だろう?」


「だといいのですが…」


「俺たちは仕事を終えた。シンヤ坊ちゃんの件について、おやっさんにちゃんと謝りに行こうと思う」


「私も一緒に謝りますよ」


「さぁ、明日の朝でパークを出なきゃいけない。シンヤ坊ちゃんには本当に気の毒だが、挨拶して荷造りをしなければ」




蛇のようなセルリアンがフラスコの中で動く。

クロゼットの中だ。

ホワホワと気化していく淀んだ虹色の光が、逆さまにした試験管の中に、重力がひっくり返ったかのように注がれる。

それはさながら液体のよう。


「ターゲットが違うじゃないか。関係ないところにまでとばっちり受けてるし」


ひっくり返された試験管の中で、ゆっくりと光は沈殿を始め、やがて黒くなり沈んだ。

紙の付箋が貼られる。

『ホッキョクギツネ』


「仕方ない」


セルリアンのコントロールはうまく行かなかった。

それどころか、違うフレンズまで殴るわ、ひどい有様だ。

できることならば、周りへのダメージはゼロがいい。

そのために殺傷性を削いで作ったのだから。


「科学に犠牲は付き物か…」


人がこれ以上進化するには、自らの力だけでなく、自然の力を借りなければならない。

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