第51話 二つの奇跡

「息があるぞ!」

 

 暗闇の中、耳をつんざくような叫び声が聞こえて、俺はゆっくりと瞼をあげた。ぼやけた視界に映ったのは、ヘルメットをかぶった見知らぬ男性の顔。


「大丈夫か⁉︎」

 

 男の必死の問いかけに、俺はコクンと小さく頷いた。その時、男性の着ているオレンジ色の服がチラリと見えて、俺は安堵の息をかすかに吐き出す。どうやら今度こそ本当に、助かったみたいだ……

 駆けつけてきた他のレスキュー隊員が持ってきた担架に寝かされると、俺の背中が濡れた地面からそっと離れた。いつの間にか雨は止んでいて、どこからか鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 そんな鳴き声一つにも奇跡のようなものを感じながら静かに目を閉じた時、最初に自分のことを助けてくれた隊員がふと声を漏らした。


「君は運が良かったな」


「え?」

 

 その言葉に再び瞼をあげると、俺の顔を見ていた隊員が視線をくいっと神社の方へと向けた。


「あの大きな木が君のことを助けてくれたんだ」

 

 隊員の言葉につられるように、俺も同じ方向へと視線を向ける。するとそこには、一番太い枝を腕のように伸ばして巨大な岩をせきとめている御神木の姿。


「きっとあの神社にいる神様が、君のことを助けてくれたんだろう」


「……」

 

 その言葉を聞いて、なぜか真っ先に心の中に浮かんだのは、綾音の姿だった。


「……生きてる」

 

 ぼそりと呟いた自分の言葉に、今度はレスキュー隊員が「え?」と不思議そうな声を漏らした。


「俺……生きてるんですよね?」

 

 呆然としたまま尋ねる自分に、彼は「もちろん」と優しく微笑んだ。その瞬間、胸の奥から込み上げてきた感情が、じわりと俺の両目を熱くする。


「俺が生きてるってことは、アイツも……」

 

 ふとそんな言葉を無意識に呟くと、俺はそっと視線を空へと向ける。

 雲の隙間からは、こことは違うどこか遠くの世界まで繋がっていそうな、夏の青空が顔を覗かせていた。

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