第50話 結ばれる魂

 ふと意識を取り戻した時、私の心は不思議なほど落ち着いていた。

 胸が張り裂けそうなほどに感じていた恐怖も孤独も、もう何処にも残っていなかった。

 

 もしかして私……助かったの? 

 

 そう思った直後、目の前の光景を見た私は、自分の考えが間違っていたことにすぐに気付く。 

 まるで宙に浮いているような自分の視界に映っていたのは、一刻一秒を争うような真剣な顔をした医師と看護師たち。そして、手術台に寝かされている私自身の身体だった。

 

 え?

 

 一瞬状況がまったく理解できず、私は思わず固まってしまう。けれど、すぐにその答えがわかった。

 音が聞こえない静かな世界の中で、私の命と身体を繋ぎとめている数値が徐々に下がっていくのが見えたのだ。


 そっか、私……

 

 辿り着いてしまった自分の運命の答えに、私はそっと目を閉じる。瞼の裏に浮かんでくるのは、優しかったお母さんやお父さんの姿に、芽美や学校の友達。そして……直人のこと。

 結局私は、大切な人たちに何一つ感謝の言葉を伝えることができないまま、この世界から消えてしまうようだ。

 それどころか、直人を傷つけてしまったままで……

 悔しさと後悔で胸が焼けるように一瞬痛くなるも、私の心はすでに自分の運命を受け入れているのか、その痛みは泡のようにすぐに消えた。

 医師や看護師たちの表情がさらに険しくなる。何度も心電図と寝かされた私の顔を見ては、必死になって何かを呼びかけている。どうやら……もう時間がないみたいだ。

 

 ごめんね、お母さん……

 

 顔をあげて待合室がある方を向くと、私は心の中で静かに呟いた。ふと自分の両手を見てみると、その輪郭が白い光に包まれている。その光が少しずつ強くなっていくことに気づき、私はそっと空の方を見上げた。

 

 そろそろ、お父さんのところに行かなきゃ……

 

 そんなことを思うと、私は眠っている自分自身をもう一度見た。

 あまりにも短く情けなかった自分の人生に、悔いがないなんて言えば嘘になる。けれど、少しずつ透明になっていくこの身体には、不思議なほど後悔の気持ちは起こらなかった。

 私のいないこれから先の未来でも、自分のことを思い出してくれる人はきっといるだろう。だから……

 そう思い、さよならの代わりにそっと目を瞑ろうとした時だった。

 ふと視界の中に、自分と同じような光を放つものが映ったのだ。

 何だろう、と思っているとそれは徐々に輪郭を帯びていき、人のような姿になっていく。そして……


「どう……して……」

 

 それが誰なのかわかった瞬間、私は思わず両手で口元を押さえた。一瞬にして熱くなった目頭が、光に包まれている世界を滲ませていく。

 そんな自分の視界に映っていたのは、手術台に寝かされた私の手を強く握りしめて、必死に何度も叫んでいる直人の姿だった。


「バカ……なんで……」

 

 両目から溢れる大粒の涙が、光の粒になって足元へと落ちていく。

 あれほど近づきたくても触れることができなかった彼の指先が、今はしっかりと私の手を握りしめてくれている。そんな光景を見ているだけで、誰かに抱きしめられているような温もりが、私の身体を包み込んだ。

 どうやら彼には今の自分の姿は見えていないようで、手術台に寝かされた私に向かって

何度も力強く叫んでいる。

 声はきこえない。

 でも、彼が伝えてくれる言葉一つひとつが、たしかにこの胸の中にも届いてくる。

 溢れ出す気持ちも涙も抑えることができず、私は両手で顔を覆った。そして心の中で、天国にいるお父さんと神さまに向かって、願うようにそっと呟く。

 もう少し……もう少しだけこの世界で生きたいです、と。

 あと少しだけでも、私の大切な……かけがえのない人たちと一緒に生きたいです、と。


 だって彼が……私の大好きな直人が……、『生きろ』と強く望んでくれたからーー

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