第40話 それを手に入れろ!

 まともにシャワーを浴びることもなく慌てて風呂場から出てきた俺は、そのまま足を止めることなく一直線に姉の部屋へと急いで向かった。綾音にはわかったと約束したものの、俺の部屋には枕もとに置けるような鏡はない。

 

 話したいことって、何だろう?

 

 いつになく、それとも久しぶりに会ったせいなのかはわからないけれど、綾音はどこか緊張した口ぶりだった。それに寝る前に話したいことがあるなんて言われたのも初めてだ。

 

 これはやっぱりもしかして……

 

 またも勝手な妄想が次々と浮かびそうになり、俺は邪念を振り払おうと何度も頭を振る。それでも早鐘を打つ心臓に急かされるように、俺は一段飛ばしで全力で階段を駆け上がった。


「ねーちゃん!」

 

 火事だ! と言わんばかりの勢いで俺は姉の部屋の襖を開けた。すると本当に家事になるんじゃないかと思うほどの怒鳴り声がすぐに返ってくる。


「ちょっと直人! ノックぐらいしなさいよ!」

 

 目の前にジェイソンがいた。

 いや、顔面に白いパックを貼り付けた姉だった。そのあまりに迫力ある姿と声に、俺は思わず「ひぃッ!」と悲鳴を上げる。


「ちょ、アンタなにそのふざけた格好! ちゃんと服ぐらい……」


「それどころじゃねーんだよ! 鏡……鏡ある⁉︎」


 は? と姉がかつてないほどの呆れた顔をした。直後、今度は鬼のように鋭い目つきで睨みつけてくる。


「鏡だったらアンタの部屋にも姿見あるじゃない!」


「あれじゃダメなんだよ! 枕もとに置けるやつじゃないと」


「枕もとにって……」

 

 アンタほんとに頭大丈夫? と言って姉はさらに目を細めた。けれど、今回ばかりは俺も譲れない。

 あーだこーだと口論した後、やっと俺の必死さが伝わったようで、「わかったわよ」と言って舌打ちをした姉はローテーブルの上に置いていたスタンド式のミラーを手に取った。


「言っとくけど、割ったら殺すからね」


「……はい」

 

 夏場なのに背筋がひんやりとするほどの冷たい声に、俺は思わず一瞬口ごもる。でも、目的のものは手に入ったので結果オーライだ。

 そんなことを思いほっと胸を撫で下ろす俺に、姉は右手で頭を抱えるとため息混じりにこう言った。


「あと、パンツぐらい早く履け」


「…………」

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