第39話 再びそこで
夕食を食べ終わった後、ベッドに寝転がりぎゅっと目を閉じると、瞼の裏に浮かんでくるのはやっぱり綾音のことだった。ばーちゃんの話しを聞いて少しは安心できたとはいえ、奇妙な胸騒ぎはずっと続いている。
そんな感覚を少しでも振り払おうと頭を振った時、勢いよく部屋の襖が開く音が聞こえた。
「またアンタは風呂にも入らず寝ようとしてるでしょ!」
その怒鳴り声に慌てて上半身を起こすと、バフッと顔面にタオルが当たった。だからノックしろよという台詞はこの相手にはもう無意味なことはわかっているので、俺はふて腐れたまま無言でタオルを拾い上げる。そしていつものようにのっそりとした動きでベッドから降りた。
俺が素直に言うことを聞いたので姉はそのまま立ち去るかと思いきや、珍しく襖の横に立ったままこちらをじっと見つめていた。
「何だよ?」と怪訝な顔をして尋ねれば、相手は呆れた感じでため息を漏らす。
「神頼みもいいけど、やり残したことがあるんだったら自分で行動しないと意味ないわよ」
唐突に始まった姉の話しに、俺はよくわからず「え?」と声を漏らした。けれど姉は特に説明するわけでもなく、襖を開けたまま自分の部屋へと戻っていく。
「……」
神頼みって何だよ、と眉間に皺を寄せながら考えていた時、ふと晩飯の時の話しを思い出して俺は「ああ」と一人納得する。たぶんさっきの言葉は、姉なりの優しさだったのだろう。
それにしても不器用な言い方だ。まあ、同じく不器用な俺が言える立場ではないが……
そんなことを思いながら姉の部屋の前を通り過ぎ、俺は一階に降りると風呂場へと向かう。脱衣所に入ると、モヤモヤとした重い心を少しでも軽くするかのように服を脱ぎ捨てて、湯気立ちのぼる狭い室内へと足を踏み入れる。そしてシャワーを出して曇っている姿見にそれを当てた瞬間、そこに自分ではない身体が映っていることに気づき思わず声を上げる。
「うおッ!」
『きゃッ!』
久しぶりに聞いたその声に思わず心臓がドキリと跳ねるも、タイミングの悪いシチュエーションに俺は慌てて姿見から背を向ける。
「ご、ごめん! そんなつもりじゃなかったんだ!」
動揺しているせいか、俺は本当に叫び声を出してしまい慌てて両手で口を塞いだ。
久しぶりの再会とはいえこの展開はさすがに怒られるだろうと思った俺は、タオルをぐるぐると腰に巻きつけながら急いで風呂場から出ようと扉に手を伸ばした。
『待って!』
『……え?』
中途半端に開いた扉に手をついたまま、俺はピタリと足を止める。思わずその流れで振り向きそうになるも、『振り向いたら怒るから!』とそこはやっぱり釘を刺されてしまう。
じゃあなんで呼び止められたのだろうと綾音に背を向けたまま疑問に思っていると、『あ、あのさ……』と彼女のぎこちない声が頭の中に響いた。
『今日寝る時……枕もとに鏡置いといてくれる?』
何故か恥ずかしそうな口調で不思議なことを言う綾音に、俺はまたも「え?」と唇から声を漏らしてしまう。
枕もとに鏡って……どういうことだ? 何か儀式でも始めるつもりか??
わけがわからず固まったままの自分に、綾音がタネ明かしするように言葉を続ける。
『もし会えたらさ……寝る前にちょっと話したいことがあるの』
『……』
綾音はそれだけ言うと黙ってしまった。突然の展開に俺は『お、おう……』とぎこちなく返事をする。何故だろう……やけに心臓がドキドキとうるさいぞ。
これはもしかして……もしかすると……
一瞬にして様々な妄想を頭の中に繰り広げた俺は、ゴクリと唾を飲み込むと、『わかった』とだけ心の中で呟いて急いで風呂場を出た。
久しぶりの再開時間、およそ3分。なのにその密度は、今までで一番濃厚だった気がする。
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