第38話 帰り道

 病院からの帰り道、私も母も魂が抜けたみたいにずっと黙っていた。シャワシャワと鳴いている蝉の鳴き声が、やけにからっぽに聞こえてしまう。目の前を歩く人たちや、道路を走る車も、どこか作りものめいた感じがして現実感がまるでない。

 それぐらい今の私の心と身体には、どんな感情も血液さえも流れていないような気がした。

 だからだろうか。

 あんな話しを聞いたばかりなのに、自分でも不思議に思うほど落ち着いている。

 そんなことを思いながら私は、一言も話さなくなった母親を安心させる為にいつもの口調で言った。


「私なら大丈夫だよ。病院の先生も手術が成功すれば助かるって言ってくれてたし」

 

 ね、と私が微笑みかけると、母は「ごめんね」と呟いて涙を流した。もっと早くに気づいてあげたら、と何度も何度も謝る母親に、私は小さく首を振る。


「お母さんのせいじゃないよ。私がちゃんと病院に行かなかったのが悪かったから……」

 

 少しずつ現実感を取り戻してきた心に、チクリと痛みが広がっていく。芽美が言ってくれていたみたいに、もっと早くに病院で診てもらっていたら、何かが変わっていたのかもしれない。

 今となってはどうすることもできない後悔だけが、鎖となって私の心臓をきつく締め付ける。その痛みを隠すように、私は胸元でそっと拳を握った。


「お父さんもきっと見守ってくれてるから、手術だって無事に成功するよ」

 

 まるで自分に言い聞かすかのように、私は母に向かって微笑みながらそう言った。その言葉を聞いた母親も、「そうだね」とほんの少しだけ口端を上げると指先で涙を拭う。

 私はそんな母から視線を逸らすと、ふと空を見上げた。相変わらずそこには、どこか遠く違う世界まで繋がっていそうな青空が広がっている。

 この時、私は何となく思ったのだ。

 

 直人に会えなくなってしまったのは、もしかしたら、自分の命が少しずつ失われているからなのかもしれないと……。

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