第37話 告げられる真実

「非常に申し上げにくいのですが、住田綾音さんの病状はかなり深刻な状況です」

 

 私の鼓膜を震わせたのは、どこか無機質に感じてしまうほどの医師の冷静な声だった。

 突然告げられた宣告に、付き添いで一緒に来てくれた母も言葉を失う。


「CTで見る限り、内側にある病巣がかなり悪化していて薬の投与では間に合いません。なのですぐにでも手術が必要なのですが……」


 そこまで話すと、医師は言葉を止めた。その瞬間、嫌な沈黙が流れた。ふと脳裏には、昨年の父の姿が蘇る。


「あ、綾音は……私の娘は助かるんですよね?」


 呆然として黙りこんだままの私に代わって母が尋ねた。その声がやけに震えていて、私の心臓を激しく揺さぶる。

 母の質問に医師は表情を変えることもなく短く息を吐き出した後、先ほどとは変わらない口調で話しを続けた。


「手術で病巣をすべて取り除くことができれば命に別状はありません。ただ綾音さんの場合、病巣がかなり奥の方まで進行しているので確実にすべて取り除くことができるとは断言できないのが正直なところです」

 

 淡々と説明を続けていく医師の話しに、私も母もただ黙ったまま息を呑み込んだ。


「その……もしも病巣をすべて取り除くことができなかった場合、私の娘は……」

 

 母の言葉を聞いて、医師の表情が一瞬曇ったのがわかった。その瞬間、私は何となく、これから聞くことの方が自分が受け入れなければいけない運命のような気がした。


「もしも病巣を取り除くことができなかった場合、今の医学では病気の進行を止める手立てはありません。薬の投与で病気の進行を遅らせることはできると思うのですが、残念ながら……それでも卒業までは難しいかと」


「そんな……」

 

 母の涙ぐんだ声が、痛いくらいに胸を貫く。私はずっと黙ったまま、膝の上でぎゅっと握った両手を見つめていた。

 病巣、手術、そして自分の命。どれもあまりに突然過ぎる話しで、医師と母が目の前で会話しているはずなのに、どこか現実味がないような気さえする。そのせいか、声どころか、ため息ひとつ吐き出すこともできなかった。

 唇を強く結んだまま黙っていると、動揺する母親の声が再び鼓膜を揺らした。


「私の娘は……綾音はまだ17歳なんですよ! 先生お願いです! どうか……どうか私の娘を助けてください!」

 

 お願いします、と悲痛な声を漏らして頭を下げる母親に、医師は言葉を探すように静かに目を瞑る。そして再びそっと瞼を持ち上げると、今度は私の目を見つめる。


「もちろん私たちも全力を尽くすつもりです。ただ今回の手術に関しては、手術自体にも命の危険が伴います。なので、それでも受けるかどうかは綾音さんの意思次第です」


「……」

 

 じっとこちらを見つめる医師の瞳に映るのは、生気を失ったように呆然としている自分の姿。突然命の選択肢を委ねられても、すぐに選ぶことなんて出来ない。ゴクリと唾を飲み込むだけが精一杯の私に、医師は少し声を和らげて話す。


「この場ですぐに決めて下さいとは言いません。ご家族の方ともしっかりと話し合って、明日ご返答頂ければ結構です」


「明日……」

 

 そのあまりに短いタイムリミットに、やっと私は声を漏らした。そんな自分の隣では、俯いたままの母親が、ずっと肩を震わせていた。

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