第34話 悪友はまた誘う

「まーた窓ばっか見てるのかよお前は」

 

 昼休みのチャイムが鳴った直後、いつものようにコンビニ袋を手に提げて近づいてきた哲也が言ってきた。その言葉に、俺はムッとした表情を浮かべるとすぐさま反論する。


「俺は別にアイツのことなんて見てねーよ」


「……は?」

 

 しまった! と俺は逃げるように慌てて視線を逸らした。無意識に綾音のことを考えていたせいで、意味不明な答え方になってしまった。

 そんな俺に悪友は興味を持ってしまったようで、ぐいっと顔を近づけてきたかと思うとニヤリと笑う。


「さては直人……沙織ちゃんのことでも考えてただろ?」


「お前な、もうそろそろその話題から離れろマジで」


 そう言って俺が露骨に嫌な顔をした途端、何が面白いのか、哲也がくつくつと喉を鳴らす。


「そんなに嫌な顔しなくてもいいだろ。せっかく直人に美味しい話しを持ってきてやったのに」


「何だよ、美味しい話しって?」

 

 哲也の言葉に、俺はさらに眉根をぎゅっと寄せた。コイツが持ちかけてくる話しの8割以上が面倒臭い話しであることは、過去の経験から実証済みだ。

 そんなことを思いながら黙ったままじっと哲也を睨んでいると、ニヤッと再び笑った相手が口を開いた。


「そんなに警戒しなくても大丈夫だって。今度のはマジで喜ぶぞ」


「……」

 

 そう言われると余計に警戒してしまうのがこの俺の性格。それに「今度は」って、じゃあ今までの話しは何だったんだよ。

 怪しさでますます表情を曇らせていく俺のことは一切気にする様子もなく、哲也は嬉しそうに話しを続ける。


「実は今度俺の部活でバーベーキューすることになったんだけどさ。部長ができるだけ人を集めたいって言ってて、友達やクラスメイトも誘っていいことになったんだよ」


 嬉々ききとして話す哲也に、「だから何だよ?」と俺は言葉を返した。まあそんなことを聞かなくても、こいつが言いたいことはおそらく……


「だから何だよって、もちろん直人も来るだろ?」


「……」

 

 やっぱそうなるよな、と俺はあからさまにため息をつく。人混みが苦手で大の人見知りだという俺の性格を、悪友はいつになったら覚えてくれるのだろうか?


「直人、よく考えろ……これは大チャンスなんだぞ!」


 バンっ、と何故か気合いを入れて俺の机に右手をつく哲也。心なしかその顔は、子供が新しいおもちゃを見つけた時と同じように輝いている。


「俺の部活のバーベーキューってことは、あの沙織ちゃんも参加するってことだ。そんなイベントに直人も参加できるって、こんな奇跡のようなチャンス滅多にないだろ⁉︎」


「…………」

 

 どこまで俺のことを本気で思ってくれているのかは定かではないが、哲也は嬉しそうな声でそんなことを言ってきた。

 たしかに以前までの自分なら、哲也にこんな話しを持ち掛けられたら喜んで飛びついていただろう。南さんに好意を持ってもらいたい一心で。

 けれど今の自分には、不思議なほどそんなきもちはまったく起こらなかった。


「悪いけど俺は遠慮しとく。それに、台風が近づいてるのにバーベーキューなんて難しいだろ?」


 俺はそう言うとチラッと窓の向こうを見上げた。上空にはいつ落ちてきてもおかしくなさそうな真っ黒い雲がどこまでも続いている。

 なんでこんな時期に台風なんだよ……

 どんよりと曇った空を見つめながら、俺は心の中で思わず愚痴る。が、憂鬱な気持ちの原因は天候の影響というより、窓に映っているのがいつもの見慣れた風景だからだろう。

 そんなことを一瞬思うも、自分は一体何を考えているんだと呆れてしまい、俺は小さくため息をついた。


「バーベキューは夏休みに入ってからの最初の月曜日だ。だから直人も来れるだろ?」

 

 どんな理屈だよ、と俺は思わずしかめっ面をする。けれど相手は、何故か俺が参加する前提で話しを続ける。


「時間は朝10時からの予定だから、待ち合わせは9時くらいがちょうどいいよな? 場所は三角公園の……」


「ちょ、ちょっと待てって! だから参加するなんて誰も言ってないだろ」

 

 俺は慌てて哲也の話しを遮った。このままコイツのペースに巻き込まれてしまうと、知らないところで「直人も参加で」なんて勝手なことを言われかねない。そんな不安を感じて事前に釘を刺した俺に、哲也は不服そうな表情を浮かべる。


「なんだよ直人。そんなこと言って、また花火大会の時みたいに直前になって『やっぱ俺も!』って言い出すんだろ?」


「今回はマジでいいって。それに南さんのことはもういいんだ」


 俺はそう言うと、大袈裟なほど右手を振る。それはもう過去の失恋を断ち切るかのように。


「沙織ちゃんのことはもういいって……ちゃんと踏ん切りつけれたのかよ?」


「ああ。もう未練も後悔もないから大丈夫だ。それに俺は次の……」

 

 そこまで唇を動かして、ハッと我に返った俺は慌てて言葉を止めた。が、哲也が見逃してくれるはずがない。


「『次の』ってなんだよ直人?」


「…………」

 

 これまた面白いネタが出てくるんじゃないかと言わんばかりに哲也がニンマリと笑う。そんな友人を見て、俺はぎこちなく唇を動かす。


「次の……あ、あれだ……あれだよ。新しい人を見るけるために頑張るんだよ」


 呂律が回らずしどろもどろしになりながら伝えると、哲也が呆れたように両腕を広げた。そして、ため息混じりに口を開く。


「この前は二度と恋愛なんてしないって言ってたくせに。だいたい直人に新しい人なんて見つかるのか?」


 そう言って疑いの眼差しを向けてくる相手に、「なんで見つからないのが前提なんだよ」と俺はすかさず不機嫌に答える。こいつは俺のことを本当に応援しているのか?

 そんなことを思いながら目を細めた時、ふと頭の片隅に綾音のことが浮かんだ。


 そういえばアイツも前にフラれたって言ってたけど、今はどうなんだろう?


 もう新しい人でも見つけたのかな? なんてことを一瞬考えたけれど、何故かあまり良い気はしなかったのでそれ以上想像することはやめた。まあ、今度会った時にさり気なく聞いてみたらいいか……

 そんなことを思うと、相変わらずぶつくさと何か言っている哲也のことは無視して、俺は鞄から昼飯用にと買ってきた菓子パンを取り出す。視界の片隅では、自分の気持ちと同じようなモヤモヤとした黒い雲が今も浮かんでいる。

 台風が過ぎるよりも前にこの気持ちの方が先に晴れるとラッキーだな、なんて安易に考えていた俺だったけれど、予想に反して、そんな機会が自分に訪れることはなかなか巡ってこなかった。

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