第28話 やっぱり今日もツイていない

 昼休みに哲也とそんなやりとりがあった後、今日はその後の授業で綾音が出てくることはなかった。

 とは言っても、一時間目から三時間目まではほぼぶっ通しで彼女は窓に現れていたので、今日の学校生活の半分は顔を合わしていたと言っても過言ではないだろう。


「なんか最近、アイツと顔を合わせることがまた増えたような……」

 

 学校からの帰り道、俺はそんなことをぼそりと呟く。

 綾音が現れると授業中の居眠りもできないし、こっそりスマホをいじってるとすぐに怒ってくるから困った話しだ。

 それに最近だと、俺がクラスの女子とちょっと話すだけでやたらと厳しい視線を送ってくるのもやめてほしい。高校男子とはいえ、別に常に下心を持って女子と接しているわけではないのだから。

 そんなことを心の中で愚痴りながら俺はズボンのポケットから家の鍵を取り出すと、それを年季の入った玄関の扉へと差し込む。ばーちゃんが嫁いだ頃から住んでいる家とだけあって俺の家はなかなか……いや、かなり古風だ。現代的な一軒家に住んでいる綾音が羨ましいと常々思う。


「ってかなんで住所が同じくせに、アイツの住んでるところはあんなに都会的なんだよ」

 

 かかとを吐き潰したスニーカーを脱いで上がりかまちに足をかけると、俺はそんなことをボヤく。視界に映るのは、耐震という言葉とはまったく縁が無さそうな古びた木造住宅の内装。

 べつに俺の家が特別古いというわけではなくお隣さんも、そのまたお隣さんも似たようなものだ。

 だからこそ未だに住所が同じだと主張する綾音の住んでいる場所には謎が多く、そのことについては俺もまだ理解できていない。どう考えたってアイツが住んでいる場所はこんなど田舎ではなく、もっと都会寄りのところで、おそらく駅前にスタバとかあるに違いない。


「マジであいつどこに住んでるんだ?」

 

 そんな言葉を呟いてから自分の部屋に入ると、俺はぶっきらぼうに鞄を床に投げ捨ててそのままベッドに倒れ込む。

 しゃわしゃわと鳴いている蝉の鳴き声がやたらとうるさいと思って顔を上げたら、よく見ると網戸にとまってるではないか。田舎ならではの光景だ。綾音に言えばきっと笑われるだろう。

 起き上がるのも面倒だと思いながらも、これ以上部屋で爆音を放たれるのも嫌なので、俺は眉間に皺を寄せるとのっそりと身体を起こす。そして獲物に近づく肉食動物がごとく息を殺して窓へと近づていく。

 人の部屋で騒音問題を起こして迷惑をかけたのだから、そう簡単には許さない。

 暑さに対しての苛立ちも合わさって、俺は蝉を思いっきり驚かせてやろうと思い、足元に落ちていた雑誌を拾い上げるとそれを丸めた。そしてバッターのように構えて狙いを定めると、両腕に力を込めて思いっきり……


「ちょっと直人! アンタこれどういうこと⁉︎」


 突然部屋のふすまが勢いよく開き、俺も蝉も驚いて飛び跳ねた。慌てて振り返ると、そこには鬼よりも怖い形相をした姉が立っているではないか。

 怒っている原因は直接聞かなくても、その手に握られているテスト用紙を見れば一目瞭然だ。


「国語、英語、数学が三つとも一桁って、あんた学校に何しに行ってんの⁉︎」

 

 私に殺されたいの? といわんばかりにグイグイと迫ってくる姉に、俺は反射的に後ずさる。

 窓の縁に両手をついて限界ギリギリまで部屋の隅まで移動するも、もちろん逃げ切れるわけがない。というか、右手がやけにヌルヌルすると思ったら、あの蝉おしっこしていきやがったな!

 濡れた右手を咄嗟に振って俺は一瞬網戸の向こうを睨むも、再び前を向くとすぐに怯えた子犬のように眉尻を下げる。姉の迫力が怖すぎて、今度は俺がチビってしまいそうだ。 

 そんな自分に、相手は容赦なく言葉の刃を突き立てる。


「あんたしかもテストだけじゃなくて進路希望のアンケートも適当に書いたんでしょ? さっき先生から電話あったわよ」

 

 げッ、と俺は思わず声を漏らすとすぐに視線を明後日の方向へと向ける。が、そんなことをしても姉の猛攻は止まらない。


「あんたね、来年はもう受験生なんだよ? わかってんの?」


「だーもうッ、わかってるってそんなこと!」


「わかってるならちゃんと進路ぐらい自分でしっかり決めなさい! それと進路決めたとしてもこんな成績のままだと卒業してもまともな大学には行けないわよ」


「うっせーな、俺だってやる時はちゃんとやるんだよ! それに進路だってその時がきたらちゃんと考えるって」


「そう言ってる奴に限って後で泣く羽目になるんだからね。いい? 今度またテストでこんな点取ってきたり先生から電話がかかってきたら、次は本当に怒るからね!」

 

 反省しなさいッ! と捨て台詞のように叫んだ姉は、そのままピシャリとふすまを閉めて出て行ってしまった。次は本当に怒るって……もう怒ってんじゃん。

 俺は心の中でそんなことを愚痴ると、少しでもイライラを晴らそうと思い、床に置いてある鞄を姉に見立てて右足で蹴りつける。 が、どうやら姉に対する怒りが強すぎたせいで、足の小指を思いっきりベッドにぶつけてしまい思わず叫び声を上げてしまった。

 姉の呪い……本当に恐るべし。

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