第21話 いつもと違う

 規則的な電子音が鳴っていることに気づいて、俺はゆっくりと瞼を上げた。ぼんやりとした視界の中でスマホのアラームを止めると、伸びと共に大きく欠伸をする。

 ベッドから降りるといつものようにカーテンを開けようと右手を伸ばしたが、途中で躊躇してしまった。そして、指先が触れる前にそっと腕を下ろす。


「……」

 

 意識が立ち上がっていくと同時に思い出すのは、昨日教室で一人顔を伏せていたアイツのこと。そのことが何故か妙に胸に引っかかってしまい、昨夜はあまり寝ることができなかった。


「……やっぱなんかあったのかな」

 

 俺はぼそりとそんなことを呟くと、カーテンは閉めたまま自分の部屋を出た。そして、まだ寝ぼけている頭を起こそうと洗面所へと向かう。

 結局昨日はあれからあの女と会うことはなかった。それが良いのか悪いのかわからないけれど、だから俺はアイツに何があったのかは詳しくは聞いていない。……まあ別に、聞ける立場でもないのだけれど。


「でもなんか調子狂うんだよな……」

  

 階段を降りる途中で、俺はまたぼそりと呟く。いつもなら顔を合わせる度に何かと威勢良く噛み付いてくるくせに、急にあんな姿を見せられてしまうと、こちらもどう話しかけていいのかわからない。

 できれば今日は会いたくないな、と思いながら洗面所へと足を踏み入れると、俺は欠伸をしながら鏡の前に立つ。と、その瞬間。目の前に映ったのは、寝ぼけた自分の姿ではなく黒髪の女の子だった。


 げッ!

 

 危うく声に漏れそうになったのをぐっと堪えたが、不意打ちを食らってしまった俺は思わず固まってしまう。


『……』  

 

 朝一からさっそくの登場。どうやら向こうもまだ本調子じゃないようで、さっと視線を伏せたかと思うとそのまま何も言わず黙り込んでしまう。


『いや、その……あの……』

 

 気まずい沈黙に耐えられなくなった俺は、ぎこちない口調で心の中で声を漏らす。だが、そんなことをしたところでもちろん何も言葉は浮かばない。

 ここは一旦洗面所から逃げ出すしかないと思ってゴクリと唾を飲み込んだ時、それまで黙っていた相手がぼそりと口を開いた。


『……おはよ』

 

 鏡に映っていた相手はそれだけ言うと、顔を伏せたまま俺から逃げるように視界から消えてしまった。その直後、鏡はふっと一瞬白く濁ると、今度は間抜けな顔をして呆然と突っ立っている俺の姿を映す。


「…………」

 

 今まで何度も鏡や窓を通してあの女とは顔を合わせてきたが、まともに挨拶をされたのはこれが初めてだった。そして、アイツの方から洗面所を譲ってきたのも。


 やっぱ調子狂うな……

 

 俺は鏡をじっと見つめながらそんなことを思うと、意味がないとわかっていながらも「おはよう」とぼそりと呟いてみた。と、その時。返事が返ってこないと思っていたその言葉に、代わりに真横から姉の怪訝そうな声が返ってくる。


「……アンタ頭大丈夫?」

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