第18話 賑やか過ぎる日常
結局この日も……いや、この日だけでなく、三島直人とかいうあの男は私の前に頻繁に現れるようになってしまった。
授業中はもちろんのこと、通学中の電車の窓やソファでくつろいでいる時のリビングの窓、そしてあれだけ私が「この変態スケベッ!」と何度も何度も怒っているにも関わらず、やっぱりお風呂場の鏡にまでしつこく現れてくる始末。
何がどんなきっかけになって現れてくるのかは未だにわからないけれど、毎日必ず一度、いや多いときには朝から晩まで何度もあの男は現れてくるのだ。その度に私たちは心の中で大喧嘩したり、時には自分たちがお化けじゃないことを証明するために近況を言い合ったりしている。
おかげで……って、まったく望んではないのだけれど、三島直人という男が本当に生きている人間なのだと納得できる程度には、彼について詳しくなってしまった。
ただ、あの男がいつも真実を話しているのかどうかは怪しいところで、負けず嫌いな彼は見栄を張った嘘をつくこともあれば、未だに私の住所を自分の住所だと言い張っている。話しを聞く限りあの男が住んでいる場所はすごーく田舎だし、私の住んでいるところは田んぼ一つない都会だ。
きっとあの男は自分が住んでいるところを少しでも都会だとアピールしたいつもりなのかもしれないけれど、そんな嘘はバレバレ。って、私の住所が知られていることはちょっと怖いし、それに友達でも彼氏でもない男についてこんなに詳しくなったところでちっとも嬉しくはない。
まあたぶん、それは向こうも同じことを思っているのだろうけど……
「はぁ……」
私は近くのクラスメイトには聞こえない程度の小さなため息を漏らすと、右手に握っていたシャーペンを机の上にそっと置いた。すると、頭の中にあの声が聞こえてくる。
『あーくそッ! お前が話しかけてくるからぜんっぜん問題が解けないじゃねーか!』
『問題が解けないのは私のせいじゃなくてアンタがちゃんと勉強しなかったからでしょ? 私はちゃんとテスト終わったもんねー』
『っせーな! 俺だって必死こいて頑張ってんだよ! あ、しまった消しゴムが……』
不意に頭の中の声が途切れて、チラリと視線を窓の方へと向けると、こことは違う教室の中で彼が慌てふためきながら机の下に転がった消しゴムを拾おうとしている。
テスト中に何やってんだか、と呆れてため息をつくと、案の定彼はテスト監督の先生に怒られていた。
ほんと鈍臭い男だな……
一足先にテストが終わった私はそんなことを思うとまた一つため息を吐く。最初の頃は
驚いたり怖がったりしていた自分だったけれど、彼が悪霊や妖怪の類ではなくただの鈍臭い男の子だとわかってからは、私の心も少しは余裕を持てるようになっていた。
とは言っても、あの男はいつ何時現れてくるのかわからないのでまったく油断はできないのだけれど……
そんなことを思っていると向こうはついにテストを諦めてしまったのか、見ると同じようにシャーペンを机の上に置いて頭を伏せている。
『ちょっと、何呑気に寝てんのよ? テストまだできてないんでしょ?』
『いちいちうるせーな。次のテストに賭けることにしたんだよ』
『賭けるって……この時期のテストは進路にも関わってくるんだから大事なんだよ? わかってる?』
『わかってるって! だいたい進路進路って、今の時期からそんなの決めてるやつなんてほとんどいないだろ』
『私は薬剤師になるってちゃんと決めてるもん。そんな呑気なこと言ってて、あとで後悔したって知らないからね』
ふんと見捨てるような口調で心の中で呟けば、すぐに相手から不満たっぷりな声が返ってくる。
『出たよ出た。そういう奴に限って、私は夢があって立派なんですってどうせ自慢したいだけなんだろ』
あまりにふてぶてしいその言い方に、思わず私の頭の中でカチンと音が鳴る。『違うわよ!』とすぐさま反論しようとしたのだけれど、残念ながら相手の声の方が先に届く。
『それにな、俺だって本気だせば進路の一つや二つはな……』
ぱこんッ! と突然軽快な音が聞こえてきて、「え?」と驚いた私は窓の方を見る。すると彼は『いてッ』と声を漏らしながら頭を押さえていた。どうやら、寝ていたのを先生に注意されたらしい。
ほーら言わんこっちゃない、と呆れた私が小さく肩を落とすと、今度は向こうの悔しがる声が脳内に響いた。
『くそ……なんでいつも俺ばっかり怒られるんだよ』
『それは日頃の行いのせいじゃないの?』
さっきの仕返しと言わんばかりに、私はツンとした態度で言い返した。すると向こうも何か心当たりでもあるのか、珍しく何も言い返してこない。代わりに不満たっぷりな舌打ちが聞こえた。
『あ、今舌打ちしたでしょ?』
『してねーよ』
『したでしょ』
『だからしてねーって』
そう言って相手は再び『ちッ』と舌打ちを鳴らす。無意識なのか、それとも確信犯なのかわからないけれど、どちらにしてもその間抜け加減に呆れてしまう。
『はぁ……昨日は、俺は中学生の時はモテモテだったんだ! とか威張ってたけど、あれもどうせ嘘なんでしょ』
私がしらっとした態度で昨夜の話しを蒸し返せば、相手はよっぽど動揺したのか、『は⁉︎』と声を漏らすと同時にシャーペンを机の上から落とした。
『こ、このタイミングで何言い出すんだよお前は! あれはだな……ちょっと勢い余ってだな……』
『ふーん、やっぱり嘘なんだ』
慌てふためきながら床に手を伸ばす相手を横目で見ながら、私はクスクスと小さく肩を揺らす。ほんとうにわかりやすい男だ。
そんなことを思っていると、今度は向こうが突然反撃を始める。
『お前だって遊んでそーな見た目してるくせに、私はまだ手も繋いだことがないぐらい純情なの! って叫んでたけど、あれも嘘じゃないのか?』
『ば、バカっ! こんなところでそんな話ししないでよ! あれはアンタが私のことを尻軽女とか勝手に決めつけてくるからでしょ! ほんっとに信じられないッ!』
思わず不意を突かれてしまった言葉に、私は顔を熱くしながら心の中でそう言い返した。自分でも困ったぐらいの一途でまだ彼氏もできたことのない私の話しを疑ってくるなんて、本当に失礼極まりない男だ。
そんなことを思いさらに苛立ちが増した私は、ギロリと変態男を横目で睨みつける。すると偶然にも隣に座っている女の子と目が合ってしまい、彼女が「ひッ」と小さく叫び声をあげたので私は慌てて視線を逸らした。
ダメだ……あの男のせいで私のイメージがどんどん下がっていきそうで怖い……
私は小さくため息を吐き出すと、窓から目を逸らすようにそっと顔を伏せた。
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