第10話 こっちにも出た!

「な……な……な……」

 

 私は失神寸前だった。

 それでも何とか意識を保ち、目の前で起こっているありえない光景を凝視していた。今日一日の疲れを癒そうと思って足を踏み入れたお風呂場は、一瞬にして今日一番の恐怖体験の場へと姿を変えてしまった。

 だって……私の目の前に知らない男が映っているんだから!


「ひッ!」

 

 今度は姿見に見知らぬ女性が現れ、私は再び悲鳴をあげた。

 

 なんで……なんでこんなことになってるの⁉︎

 

 あまりの恐怖に視界を滲ませながら、私は尻餅をついたまま自分の身を守るようにぎゅっと抱きしめる。鏡の中に映っている男もなぜか怯えているように見えるけど、怖がってるのは私のほうだからッ!

 お母さん! と思わず叫びたくなるも、恐ろしさのあまりまったく声が出せない。ちなみに腰も抜けてしまって立ち上がることもできない。


 い、今まで幽霊なんて見たことないのに……まさか、この歳になって霊感が目覚めちゃったとか⁉︎

 

 小刻みに震えっぱなしの身体でそんなことを考えていると、目の前にいる見知らぬ男はもう一人の女性と会話した後、逃げるように鏡の中から去っていった。直後、ふっと鏡が白くぼやけたかと思うと、今度はブサイクなほど怯えた表情をしている私の顔を映す。


「え?」

 

 私は目元にたまった涙を右手の甲で拭うと、目を細めてもう一度鏡の中を凝視する。けれどそこには同じように目を細めてこちらを睨み返してくるもう一人の自分が映っているだけ。背後に映っているお風呂場も、さっき見えていた昭和風でやたらレトロなお風呂場ではなく、ちゃんと私の家のものだ。


「ど……どうなってるの?」

 

 私は慎重に右手をゆっくりと伸ばすと、指先でおそるおそる鏡面に触れてみた。が、これといって何も起こらず、指先に伝わってくるのはコツンとした鏡の感触だけ。 

 

 何だったんだろ……

 

 鏡に映っている光景が元に戻ったとはいえ、さっき見てしまった不気味で不可思議な映像が頭にくっついて離れない。

 私はわずかに残った気力でゆっくりと立ち上がると、フラつく足取りでお風呂場から出た。洗濯機に乾燥機、それに洗面台。見慣れた脱衣所の光景を見るだけで、思わずまたじわりと視界が滲んでしまう。

 

 怖かった……本当に怖かった……

 

 泣き出しそうになるのを必死に堪えると私は急いで服を着て、自分の部屋へと戻った。さすがに今日はもうお風呂に入る勇気はないので、明日の朝シャワーだけ浴びよう。

 怯えっぱなしの心でそんなことを思った私は、見えない亡霊から隠れるようにベッドの中へと潜り込む。そして布団の中でぎゅっと枕を抱きしめると、そのままきつく目を閉じた。

 

 何でこんなことになっちゃったの……


「うぅ」と半泣き寸前の声を漏らして、私は枕に顔を埋めた。呪われるようなことや、幽霊に取り憑かれるような悪いことをした覚えはない。

 今日だって芽美と一緒に神社に行って、その後予備校に行っただけなのに。なのに……なんでこんな……


「……もしかして、」

 

 ふとあることが頭によぎって、私は枕からそっと顔を離した。そしてゆっくりと布団から頭を出してベッドの上で正座すると、自分の両手をじっと見つめる。


「まさか……あの『縁結び』のせいじゃないよね?」

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