第4話 そこにあったのは…… (その2)

 俺は無意識に呟いた。そして、視界に広がる光景を凝視する。

 目の前に続く石畳の道の途中には、昔は立派な姿をしていたであろう大きな鳥居と、

その向こうには、山の斜面にピッタリ背中を合わせるようにして本当に神社が建っていたのだ。……が、かなりボロい。


「……」


 俺はしばらくの間、この謎の光景を前に呆然と固まっていた。たしかに神社はあった……ただそれは、どう見たって女子高生たちが「縁結びだ!」とキャッキャっと喜びそうな体裁はしていない。

 むしろ真夜中に面白半分で肝試しをしていたら偶然見つけてしまい、「ギャーっ!」と泣き叫んでしまいそうな風貌をしている。


「これのどこか縁結びで有名な神社なんだよ……」


 俺は呆れながらそう声を漏らすと、つーと頬を伝った汗を半袖シャツの肩で拭った。そして、恐る恐る右足を一歩前へと踏み出す。

 本当は、神社があることだけでも確かめることができたのでもう帰っても良かったのだが、胸の奥にひょっこり顔を出した怖いもの見たさの感情のせいで引くに引けなった。


「……」

 

 一歩、また一歩と古びた石畳の上を進む度に、まるで番人のように待ち構えている鳥居が近づいてくる。かつては鮮やかな朱色をしていたであろうそれは、今ではうっすらとその色が目視できるぐらいで、ほとんど朽ち果てた茶色をしている。

 そう、例えるなら山奥で殺された人間の血が誰にも見つからず朽ちた色に変色していくような……


「やめろやめろ、やめろ俺! 勝手にそんなこと考えんなよボケ!」

 

 抑えきれない恐怖心のせいでつい変なことを想像してしまった俺は、思わず自分自身を罵倒する。しかもその声が木々の間をこだまして妙に不気味に響くもんだから、俺は小さくブルリと肩を震わせた。やはりここはそろそろ撤退したほうが……

 怯えながらそんなことを考えていた時、ふと視線の先に見えたものに目が止まった。そして同じように足も止まる。


「……でっか」

 

 思わず声を漏らした自分の視線の先、神社のほんの斜め前にあったのは、とても大きくて立派な巨木だった。

 おそらく高さは10メートル以上はゆうにあるだろう。放射線状に伸びる枝はどれも太くて大きく、その一本一本を見るだけで随分と長い歳月を生きていることがひと目でわかるほどだ。

 今まで言葉だけしか知らなかったけれど、きっとこれが『御神木』というものなのだろう。

 事実、いつ巻かれたのかわからないぐらいボロボロになったしめ縄が、大樹を支える巨大な幹に巻き付けられている。何やら立て札のようなものも立っているが、もちろんそこに何が記されているのかは解読不能だ。


「すげーな……樹齢千年とか越えてそう……」


 初めて見る巨木に、俺は一瞬さっきまで感じていた不安や恐怖のことを忘れてしまう。それぐらい大きくて立派な木だった。その一番太い枝が示す先には、しめ縄と同じようにボロボロになった神社の屋根と、その真下には、ひっそりと隠れるようにお賽銭箱が置かれている。

 ちなみにカランカランと鳴らせば一発で千切れてしまいそうな鈴もまだ健在だ。


「ぜったい縁結びの神社とかじゃないだろこれ……」


 俺はぎこちない足取りで恐る恐るお賽銭箱に近づきながら呟く。

 ワラ人形を打ちに来るには丁度良さそうだが、愛しの人と結ばれますようにと期待を抱く乙女が訪れるイメージはまったくない。なんならこの山に住む悪霊とか化け物とかを封印してそうな雰囲気さえある。

 お賽銭箱の背後に見える破れた襖の隙間をじーっと見つめていると、そんな考えが勝手に浮かんでしまい、俺はまたブルリと肩を震わせる。

 一体誰が、何のために、こんな人気のないところに神社なんて建てたのだろう。そしてどうして、今の今になって縁結びで有名な神社とか言われて噂されているんだ?

 ますます深くなっていく謎に同じように眉間の皺を深めながら、俺は目の前にぶら下がっている鈴の紐を見つめた。


「にしてもマジでボロいな……」

 

 俺はそんなことを呟くと、神社の謎に触れようとするかのように、そーっと指先を紐の方へと伸ばす。と、その瞬間。ヒュルリ、と何かを解くような音が聞こえて、俺は思わず「へ?」と間抜けな声を漏らした。そして、その直後……


 カラーンっ!


 まるで宝くじでも当たったような盛大な鐘の音が、突然山の中に響き渡った。それと同時に、俺の足元にコロコロと何かが転がってくる。その物体を確認した瞬間、思わず呼吸が止まった。


「す……す……すず……」


 鈴が落ちてる。


 なんで? どうして? 俺まだ触れてなかったよ? なのに……どうして⁉︎


 一瞬にしてパニックに陥った俺は、ブルブルと激しく震える両手で足元に落ちている人の頭ぐらいの大きさの鈴をそっと拾いあげる。


 ……ヤバい。これはマジでヤバい!


 急速に顔が青ざめていくのを感じながら、俺はゴクリと唾を飲み込むと必死になって鈴を元の場所に戻す方法を模索した。が、紐は完全に切れているし、そもそも俺の身長では鈴が付いていた屋根下までは届かない。つまり、どうあがいても元には戻せない。

「ヤバいヤバいヤバい」と呪文のように呟きながらキョロキョロと辺りを見渡すも、当たり前だが解決策なんてどこにも落ちていない。

 それどころか込み上げてくる恐怖心のせいか、何だが鈴の割れ目がニヤリと笑う人の口みたいに見えてきて、思わず「ひッ」と声を漏らしてしまう始末。そして俺は反射的に両手で持っていた鈴をお賽銭箱の上にそっと置いた。


「…………」

 

 俺の目の前に、見た事のないオブジェが完成した。

 って、そんな冗談を言ってる場合ではない! 

 もしこのまま何もせずに逃げ帰れば、俺はきっとヤバい神様に呪い殺されるだろう。それだけは……それだけは何としてでも避けなければならない!

 そんなことを思った俺は慌ててズボンの後ろポケットから財布を抜き取ると、ありったけの小銭を取り出してお賽銭箱へと投げ捨てた。

 五円、十円、五百円、それに何だがゲーセンのコインみたいなのが混ざっていたような気もするが、この際そんなことは気にしている場合ではない! 貢げるものは何でも貢いでいた方がいいはずだ!


「ごめんなさい……ほんとに、ごめんなさいッ!!」


 パンパンパンっ! と手がちぎれそうな勢いで両手を叩いた俺は、そのまま何度も何度も頭を下げて謝罪した。そしてすぐさま背を向けると、お賽銭泥棒のごとく猛ダッシュで出口を目指す。

 石畳の道の上を蹴るようにして走り、鳥居の下をくぐり抜けると、階段が隠れている茂みに向かって勢いよく飛び込んだ。

 

 クソっ、何が神社だ! 何が縁結びだ!

 

 俺はそんなことを心の中で叫びながら、ガサガサと枝葉をかき分けて階段を猛スピードで駆け下りていく。そのせいで腕や足には擦り傷ができるし、顔面にはパイ投げみたいに雲の巣がぶつかってくるけど、そんなの関係ない! 今は一秒でも早くこの場所から離れなければいけないのだ。

 ひーひーと情けない声を漏らしながら階段を駆け下りる俺は、縁結びを願う乙女よりも強い思いで願い事を口にした。


「どうか……どうか変な災いが起こりませんよーに!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る