第40話 加害者メンバー
盛岡に到着すると、僕たちは駅西口側の雫石川近くにある、町外れの地味なビジネスホテルへチェックインした。
部屋から雫石川が見え、その向こう側に奥羽山脈が走っている。少し車を走らせれば、たちどころに長閑な風景となる風光明媚な場所だ。
セキュリティを考え、僕は自宅へ帰らないことにしていた。実家へも、盛岡に帰っていることを内緒にしている。
ホテルレセプションで貞子さんが、どうせなら三人一緒の部屋にしましょうと意味ありげな笑みを顔に浮かべて言った。それをどう受け止めたらいいのか分からず、適当に受け流し僕と佐伯は同じ部屋とし、貞子さんにはシングルで独り寝をしてもらうことにした。
それで彼女が、「若い人はいいわねえ」と未練がましく言うから、僕には貞子さんの言動がどこまで冗談なのかまったく分からなくなる。人当たりがよいことは確かで、それはそれで助かってはいるのだけれど。
坂田さんが腕は確かだと言うけれど、本当にボディーガードが務まるのか怪しかった。実際に何かが起これば、自分は佐伯を庇うのに精一杯で、貞子さんまで面倒は見切れない。
若干の不安が募るものの、とにかく今回のことはやり切る必要がある。貞子さんのことは、一先ず横に置くことにした。
夕食までの時間を利用し、僕たちはある場所へ出掛けた。盛岡へやってきた目的を果たすための場所だ。そこで事前の打ち合わせと確認を行いホテルへ戻った。それから夕食で、早速翌日からの作戦を打ち合わせた。翌日から三人で、かつて海へ行ったメンバーの自宅を回るのだ。回るだけではなく、あることに協力してもらうための説得をしなければならない。
各メンバーの自宅は、先行で調査を実施してくれた影山さんという人が案内してくれる。彼は自分たちとは違うホテルに宿泊していた。
影山さんは、一円連合本部の諜報隊長のようだ。つまりそうした調査の、専門家みたいなものだ。もちろん彼は、本物のヤクザということになる。
その影山さんが、翌朝ホテルへ車を回してくれた。ホテル前に車をつけ、影山さんは僕たちのために車のドアを開けてくれた。
角刈りで痩せた体型に縦縞のスーツを着込んだ彼は、やはり一見でヤクザと分かる雰囲気を持っている。そんな彼の貞子さんに対する態度が仰々しいほど丁寧で、坂田さんや貞子さんが雲の上の人であることを、僕たちは改めて思い知った。二人に接していると、坂田さん夫婦はどう見ても一般人にしか見えない。このギャップが、油断して粗相をしたら大変なことになるかもしれないという緊張感を生む。
影山さんが合流して四人になった僕たちは、早速佐伯の同級生宅へ行くことにした。篠原と一緒に海へ行ったメンバーで、篠原の死後、次々不幸に見舞われた連中だ。
最初は野村一歩だった。グループの中では気が弱く、いつでも周りの尻馬に乗るタイプだと聞いている。
影山さんが連絡を入れていたお陰で、僕たちは彼の自宅ですんなり本人に会うことができた。影山さんは車で待機し、自宅へ上がりこんだのは佐伯と貞子さんと僕の三人だ。
何事かと心配した母親が同席し、本人はボサボサに伸びた髪をそのままに、生気を失った顔を面倒くさそうに自分たちの前へ晒した。
佐伯が一緒だったことに、彼はかなり驚いたようだ。ある意味事件の中心にいた本人が、夜逃げしてから四年ぶりに姿を現したのだから、まるで亡霊にでも出くわしたかのように彼は佐伯の顔を見つめていた。
僕は野村の母親に、かつて何が起こったのかを全て隠さず報告した。もちろん僕や佐伯が新宿で刺されたことも含めてだ。そして犯人は誰で、何を考えていて、このままでは一生みんながこの状態から抜け出せないことを説明した。
母親が顔面を蒼白にして狼狽えているのに、当事者である野村は自分のことではないように無関心を装っていた。というよりも、彼は思考能力を失っているようだ。人生を諦めた人間には、こちらの言葉が何一つ響かない。
そうなるともはや廃人同様ではないかという気がして、そんな彼が哀れに思えなくもない。
しかし彼は、一度きちんと償うべきなのだ。そうしなければ、これからの長い人生を乗り切ることができないだろう。
状況をよく理解してもらった上で、僕は予定していたお願い事の件を切り出した。これには少し、一緒に外出してもらわなければならない。
野村は嫌だと、こちらの提案の意図をまるで理解せずに言い放った。全くお話にならない状況で、僕は野村に言ってやった。
もし他のメンバーが同意して倉本の心が動いたときに、誰が協力し誰がそっぽを向いたかは倉本へきちんと伝えると。真摯に謝罪の気持ちを表すのであれば、最後まで真摯に正確な経緯を伝えなければならない。自分はそこに、偽りや誤魔化しの内容を入れ込むつもりはないのだ。それは全くの本心だった。
その言葉に野村が反応した。もし自分だけが仲間外れになった場合、どれほど悲惨なことになるのか、彼は頭の中でそろばんを弾いたようだ。既に様々な執着を失った彼にも、最低限の処世術のようなものが残っているようだった。
どこまでも姑息な奴ではあったけれど、救えるならまとめて救ってやった方がいいと思い直し、僕は僅かに心の動きを見せた彼に説明を続けた。
気持ちのない人間に参加してもらうのは気が進まないけれど、最後に渋々首を縦に振った野村に、僕は念を押した。
「これは遊びじゃないよ。あんたや他人の人生がかかっていることだ。そこを理解できない人間とは一切一緒にやれない。そう思える態度や発言があれば、即刻この計画から退場してもらう」
僕の強い口調に野村は突然怯える目を見せ、頼むからやらせてくれと震える声で言った。
実際、彼が参加できなくても構わないのだ。やれる人間だけでやればいいだけのことだった。そういったこちらの考えを、野村はずる賢く読み取ったようだ。
同じように金沢雄一、小早川茂樹の自宅を回った。
金沢や小早川の反応も、野村の場合と五十歩百歩だった。性根が腐っている。淀んだ水が腐るのと同じだ。
篠原にビールを飲ませた張本人の小早川は、久しぶりに外へ出たいと言った。
車に同乗させ、ファミリーレストランで話しを始めた。人一倍罪の意識を持つべきはずの彼は、終始他人事のように浮ついていた。そんな彼の態度に腹が立ち、僕は危うく彼を殴りそうになった。こいつだけは一緒に組むのをよそうと、僕は本気で思い始めていたのだ。
しかし小早川の家に彼を送り届ける途中で、事件が起こった。人通りの少ない通りに差し掛かると、仙台ナンバーのベンツが突然割り込み、自分たちの行く手を遮ったのだ。
運転していた影山さんは急停車し、すぐに車から飛び出した。向こうのベンツもドアが開き、柄の悪い四人が降りてきた。それぞれの手には木刀が握られている。
影山さんはいつもと変わらない態度で彼らと話し、車へ戻って言った。
「お嬢、河原に移動して少し話しをしたいそうですが、どうしますか?」
小早川は蒼白な顔で、手足を震わせながらこちらの顔色を伺った。貞子さんは落ち着いて答える。
「分かったと伝えて。ホテルを突き止められたら厄介だから」
その言葉で、小早川がわめき出した。
「僕はここで降りる。あんたらが行きたいなら勝手に行ってくれ。僕はここで降ろしてもらう」
それを横目で見た影山さんが、貞子さんに言った。
「奴らは小早川を渡してくれるなら、それで許すと言っていますが」
どうやら彼らは、佐伯の顔を知らないらしい。狙いは小早川一人のようだ。
貞子さんが小早川に言った。
「そういうことらしいけど、どうする? 奴らはきみを張っていたみたいだね。きみ一人で行きたいなら、こっちは助かるけど」
途端に小早川が、顔を引つらせて黙り込んだ。
貞子さんは影山さんに向いて、ゆっくり頷く。それで彼が、ついて行くと相手に合図を出した。
ベンツが走り出し、自分たちがその後ろを追う。三分も走らないうちに、影山さんがバックミラーを見ながら言った。
「いつの間にか後ろにもいますよ。多分四人いると思います」
小早川の顔がますます怯えた表情を見せる中、貞子さんが言った。
「地元でもないのに、随分手が込んでいるわねえ……、全部で八人か、ちょっと多いわね。影山、何か武器はあるの?」
「はい、トランクに木刀が一本入ってます」
「一本だけ? だったら相手の一本を奪ってあげるから、影山も参戦してくれる?」
「もちろんです、お嬢」
一応僕も言ってみた。
「中学で剣道をやっていたので、木刀をもう一本奪ってくれたら僕も手伝いますけど」
「あら、そうなの? 腕前は?」
「だいぶ鈍っているとは思いますが、二段までいきました」
「そう、そうなら少しは使えるかしら。でもこっちがピンチになってからでいいから、最初は車から出ないで」
影山さんも貞子さんも、全く落ち着いている。こんな事態は最初から想定済みという具合に、充分肝が座っていた。
それでもいきなり八人が相手となれば、少しきついのでないだろうか。僕はこのとき、きっと自分の出番がくるに違いないと、緊張しながら身構えていた。
車は舗装道から外れ、穴だらけの河原の道へ入った。速度が落ちて、車体が左右に大きく揺れる。いよいよというときに、貞子さんが小早川に言った。
「きみさ、さっきの話だけど、本気で協力してくれるの? もしそうじゃなかったらきみは仲間でも何でもないから、さっさとあいつらに引き渡して帰りたいんだけど」
小早川は慌てて返事をする。
「も、もちろん協力します」
「誠心誠意?」
「誠心誠意やりますから、どうか引き渡さないで下さい」
貞子さんは満足げに笑い、前方の車をじっと見据えた。未舗装の悪路を五分も進んだところに、ちょっとした空き地があった。ベンツがそこへ入って止まる。
こちらが出口に近いところで止まると、後方のベンツが空き地の出入り口を塞ぐように停車した。二台の車から、いかつい兄さん方がぞろぞろ降りてくる。影山さんと貞子さんも、車外へ出た。影山さんがトランクから出した木刀を貞子さんへ渡す。
向こうは余裕の態度で、顔がにやけていた。敵が男女一人ずつということに、簡単に仕事を終わらせることができると余裕をかましている。
とうとう向き合うまで距離が詰まった。相手も全員木刀を持っている。
貞子さんが木刀を持っていることを、相手は茶化しているようだ。いくら木刀を持っていても、所詮は女だと考えている。
敵の一人の男が、貞子さんにゆっくり近付いた。痛い目に遭う前に、小早川をさっさと渡せとでも言っているのかもしれない。
どう考えても、絶体絶命のピンチにしか見えない。しかし次の瞬間、貞子さんはその男と胸をつき合わすほどの距離まで近付いていた。そして男の木刀が、宙を舞っている。一体何が起きたのか、さっぱり分からなかった。
影山さんが、自分の前に飛んでくる木刀をキャッチする。約束通り、貞子さんは敵の木刀を一本せしめた。
一瞬呆気に取られた敵が、一斉に二人へ襲いかかった。しかし貞子さんは、相手の振り下ろす木刀をことごとく交わし、襲う相手の鎖骨を木刀で叩き割った。そうなると、痛みで動きが取れなくなる。
前方の四人が倒れるまで一瞬だった。影山さんは相手の攻撃を交わしたり受け止めるのに精一杯だ。自分の相手を瞬時に倒した貞子さんは、素早く後方の敵へ木刀の先を向ける。敵の動きがピタリと止まった。その隙を付いて、影山さんが相手の一人へ木刀を振り降りし、それが腕に決まる。おそらく腕の骨をやられただろう。
貞子さんがふっと動いたかと思うと、やはりあっと言う間に、その木刀が美しい軌道を描き、次々相手の鎖骨へ決まっていった。これも骨をやられたはずだ。次の瞬間には、動ける者が一人もいなかった。
圧倒的な力の差だ。剣道をやっていた自分には、その凄まじさがよく分かる。骨を断つ剣は、その軌道にぶれが一切ない。ぶれがあれば、たとえ真剣でも藁さえ断ち切ることはできないのだ。あの重い真剣は、究極に真っ直ぐ素早く当てることで真に恐ろしい武器になる。貞子さんのそれは、真剣ならば腕や足でも骨ごとすっぱり断ち切るものだった。迷いなく、重力や空気抵抗さえなくなったように、木刀は相手に吸い込まれるようにその軌道を作った。通常の達人技ではない。
ヤクザ八人が地面でのたうち回る中、二人は悠々と車に戻ってきた。坂田さんは、相手の木刀をもう一本拾った。僕の分も確保してくれたようだ。
車内へ戻った貞子さんの息には、全く乱れがない。坂田さんの言った腕は確かだという言葉に、微塵も誇張はなかったということだ。
「とりあえず、ボディーガードとしての責任を果たせてホッとしたわ。小早川君は私たちと外へ出る以外、外の独り歩きはしないで。もっとも彼らは、しばらく人手不足に陥ると思うけど」
小早川は引きつった顔のまま、素早く何度か頷いた。
この襲撃の件は、すぐ様東京へ報告された。その連絡を受けた一円連合は、火事場の大騒ぎになったようだ。それは坂田さんが慌てたためだ。それを貞子さんが、まだ慌てることはないと電話口でなだめていた。
一体この夫婦は、どちらが大物なのかさっぱり分からない。しかし僕たちが、最強のボディーガードをつけてもらったことだけは確かだった。
翌日は、渡瀬、後藤、加納の女性三人の自宅を回った。
三人とは個別に会ったけれど、三人共一様に、佐伯の登場に驚いていた。しかし、いつも彼女たちの中心にいた佐伯のお陰で、女性たちは素直に話しをしてくれた。
海における篠原の件で佐伯が怒ってしまったことを、彼女たちはよく覚えていた。当時の佐伯が如何に正しかったのか、そうした反省を彼女たち口にした。
この場合、少なくともそういった気持ちが重要だった。それがなければ、人の心を動かすのは難しい。
男と違い、彼女たちは今の生活にほとほと疲れているようだ。三人は涙を流して過去や現状を語り、僕の説明と提案に喜んで協力すると言ってくれた。
渡瀬と後藤の二人にはヤクザのヒモがついている。それを上手くかわす必要があると思っていたけれど、渡瀬や後藤を訪ねたときに男は不在で、どちらも昨夜は帰ってこなかったと言った。
ヒモの男はいつもふらふらしているため、渡瀬も後藤も大して気にも止めていないような口振りだったけれど、僕と貞子さんは、前日の襲撃にその男たちが参加していたのではないかと考えていた。それが思わぬ反撃をくらい、昨夜は病院に泊まった可能性がある。
もしこの考えが正しければ、倉本は地元ヤクザと密接な関係にあるのかもしれない。そして返り討ちにあった事実は、とうに倉本へ連絡が入っているだろう。それで地元ヤクザが総力をあげて挑んでくるのか、それとも一円連合の威光に恐れを抱いてなりを潜めるか、それは分からなかった。
更に翌日、僕たちはメンバー全員を、自分たちのホテルへピストン輸送した。しばらく全員がホテルに缶詰め状態となる。それはこれからやろうとすることに同意の場合、全員の安全を確保するために最初から決めていたことだった。
また誰かに見張りがついている可能性を考え、周囲に気を配り、慎重に一人ずつホテルへ送り届けた。それで敵は、ターゲットの行方が分からなくなる。
全員を移し終えると、それまで使用していた車を九人がいっぺんに乗れるミニバスに替えてもらった。それまでの車は相手に知られているため、地元のある会社にお願いしてミニバスを手配していたのだ。
これで最初の準備が整った。
しばらくの決まり事は、勝手に表を出歩かないこと。食事もホテルで取ってもらう。
これは特に念を押さなくても、敵に見つかれば連れ去られて暴力を振るわれるのが目に見えているのだから、徹底させるのは難しくない。好きにしろと言っても、彼らはホテルから出ないだろう。
そして家族でさえ、外部との連絡を一切禁止した。それを破った場合、そこにいる全員に危険が降りかかる可能性があることを繰り返し言い含めた。
もう矢は放たれた、後へは引き返せない。引き返したら、これまで以上の地獄が待っている。それを彼らにしつこく伝えた。
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