第11話 仙台への調査旅行

 やはり持つべきものは、頼りになる友だ。仙台までの交通費を節約するため、井上は古い乗用車を一台調達してきた。それにみんなで同乗すれば、三人分の新幹線片道料金で、東京と仙台を往復できる。

 僕は新しいギターを買うための預金をあらかた引き出して、この旅行に臨んだ。

 正直、佐伯の件と新しいギターは、一度僕の中で天秤に乗った。仙台へ行き、もし佐伯が何も問題なく元気に暮らしていたら、ギターを買うためのこれまでの努力が、無駄に目減りする。佐伯のことが心配なのは本心だけれど、同じ年代の彼女にそれほど突飛なことが起こるはずはないという、根拠のない思い込みもあった。

 現実的で高い可能性があるのは、佐伯に新しい恋人ができたというものだ。それで彼女は、友だちごっこのようなまどろっこしいことが不要になった可能性がある。

 もしそうなら僕は、友だちを巻き込み、そして虎の子を使い、最後に佐伯とその恋人の仲睦まじい姿を見せつけられるという、最悪なピエロを演じることになる。

 それを二人に言うと、長距離ドライブに興奮する松本が言った。

「もしそうだったら、ピエロになればいいじゃない。それの何が悪いわけ? 色々はっきりするならその方がいいわ。それに遠藤君がピエロになっても、私たちはあなたを笑わないわよ。ねえ賢治、そうでしょう?」

 助手席に座る松本はいつものシリアスな顔で、運転手の井上に答えを促す。

 井上はハンドルを握り、高速道路の前方を真っ直ぐ見据えたまま言った。

「笑わないよ。なんで笑うの。それよりさあ、お腹空かない?」

「とっくに空いてるわよ。パーキングエリアの名物料理を片っ端から食べようよ。もうすぐ佐野ラーメンがあるわね。先ずはそれよ」

 相談した相手がこの二人で、本当によかったと僕は思う。『それって凄く格好悪いよね』などという話しで盛り上がっても、嫌な気持ちになるだけなのだ。

 僕は二人を見ていて気付いたことがある。彼らがいつでも、物事の本質を見つめていることだ。恥や外聞は気にしない。いや、人として本当に恥じるべきことは何かという観点が、同世代の他の人たちと少し違う。その感覚が、彼らの普段の生き方にも繋がっているように思われる。

 それが、若くして既に修羅場を経験したことに由来するのか分からないけれど、とにかく二人の言動には、経験値の高い大人のような安定感と、一緒にいて頼りになる安心感があった。

 平日の空いている東北自動車道を、車は順調に北上した。東京を出て四時間、寄り道をしながら車は福島へ差し掛かっている。そこから国見、蔵王を過ぎれば、仙台はもう近い。

 運転は、ずっと井上が担当していた。僕や松本は免許証を持っていたけれど、普段は運転せず高速道路も未経験だった。そのせいで、井上は運転を変わろうとしなかった。

 道路が空いているお陰で、運転は単調になる。僕と松本は、できるだけ井上の話し相手をするため、ときどき襲ってくる睡魔と闘っていた。しかしその介虚しく、松本が少し前から寝息を立てている。

 大方の話題が消化されたこともあり、僕は井上に、前から気になっていたことを訊ねてみた。

「井上はさあ、前に相談があるって言ったとき、遠藤だったらいいよって言ったよね。覚えている?」

「覚えてるよ」

「なんで僕だったらよかったの?」

「遠藤は、僕のことを笑わないから」

 彼は相変わらず、真っ直ぐ車の進行方向を見て微動だにしない。言葉を発しなければ、眠りながら運転しているのではないかと思うくらい、蝋人形のように前方を凝視している。

「笑わないから? それだけ?」

「そう、それだけ」

「どうしてそれだけなの?」

「こっちは必死なのに、笑われたらいい気持ちがしない」

 寝ていると思っていた松本が、突然口を挟んだ。

「一生懸命の人を笑う人間って、信用できないの。通じ合えない人と話しをするのは時間の無駄よ」

「でもさ、それだけで仙台まで一緒に行ってくれるの?」

 井上は「旅行は想定外だった」と答え、アマゾネスは「仙台の牛タン料理を食べてみたかったからよ」と言った。

 松本は笑わないから、それが冗談か本気なのか、さっぱり分からない。

「インドの人は、牛肉を食べないんじゃなかった?」

「お父さんは食べないけど、私は食べるわよ。だってヒンドゥー教じゃないもの」

「美香は焼き肉を食べにいくと、男より食べるよ」

 協力のお礼で牛タンくらいご馳走しようと思った僕は、井上のその言葉で怯んでしまう。

「賢治だって、二人分は食べるじゃない」

 僕は、二人に食事をご馳走した場合、一体いくらになるのだろうと頭の中でそろばんを弾く。ただ僕の欲しいギターは、四十万円くらいするのだ。それ用に貯めているお金を持ってきたのだから、所持金はそれなりにあった。僕はそれを、もし佐伯が必要ならば投げ出そうと思っていたのだ。

「ところでさあ」と、松本が切り出した。「仙台に着いたらどうする? 早速佐伯さんの住所に行ってみる?」

 仙台に到着するのは、夜の七時頃になりそうだった。佐伯の住所は仙台市ではなく、多賀城市となっている。仙台市中心から、海の方へ二十キロほど行った、塩竈市の隣の市だ。よって彼女の家を上手く探し当てたとしても、到着するのは早くて八時で、手間取れば九時頃になる。他人の家をいきなり訪問するには、遅過ぎる時間だ。

「それは明日にした方がいいと思う」

「そうよね。だったら今夜は、牛タンを食べようよ」

 この松本の無邪気さには救われた。こんな場合、あまり真剣になられると、鬱陶しくなってしまう。あるいはこの無邪気さや無頓着な関わり方が、井上や松本の、自分に対する気の遣い方なのかもしれなかった。

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