鳴神裁と人工の雷 Ep.6

「いい加減にしろよ」

 片膝を突いて佇む、白黒パーカー姿の青年。

「いつからお前は、そんな嗜虐を楽しむようになった?」

「鳴神。お前も居たか」

 少しだけ笑って返す。

「本当に用があるのは俺だろ」

 コインは、空中で掴まれずに落ちた。ぱさりと乗った蔦の地面を、灰色の影が横切る。リスはシェイファーの手首に巻き付き、その歯で両腕に絡みついた蔦をあっという間に食い破っていった。

「がじがじ。早くここを離れろ」

「し、しかし・・・・・・」

 逡巡するシェイファー。ケリンから目を逸らさず、鳴神は言った。

「あんただけでも逃げてくれ。少しの間だったが、・・・・・・仲間みたいで、楽しかった。途中でくれた缶詰も悪くなかったしな」

「ぐしぐし。黄色い沢庵、囓りがいがあった、ゾォ?」

 リスが言葉を重ねる。


「――だそうだ。お前はもう要らん」

 首を巡らせて、ケリンが言い放った。

「ケリが着いたら、あいつらを病院に運んでやる」

「・・・・・・すまない」

 鳴神の言葉で、足取り悪く、シェイファーが場を去った。

「バーチャルに、厳密な死は無い。心配するな」

 リスが鳴神の左肩に素早く戻った。

 ケリンの指がゴキリと鳴る。

「鳴神ィ。お前にチャンスを与えてから、俺の周りは変わっちまった。“その時”なんて、来なくても良かったんだ、お前には・・・・・・」


「ケリン。お陰で、いい作品ができた。そこには感謝しかない」

「どこがだ!」

 ダークエルフが吠える。その痩身からは想像も出来ない声量だ。

「大勢のリスナーが困惑したぞ。お前の日頃の行いのせいで、積み上げてきた人脈が失われるかもしれない。俺も機密情報を漏らすリーク源だと思われても仕方ないのだと、皆が言っている。友と、業務上の関係の区別すらつかない奴等にな!」

 鳴神は、静かに続けた。

「分かっている。棒で叩かれたのは初めてだったよな。周りの全てが敵に見えるんだ。分かるよ。でもな――全てが悪意じゃない」


「なんだと?」

 ケリンは眉をひそめた。

「むしろ、善意の集まりだ。世の中を変えたい、影響を与えたい。だけど、自分には何かを産み出す力が無いと思っている。そんな奴等が集まって、棒を握る。俺達が、叩かれる。それでも、あいつらと俺達は紙一重なんだ。些細な力を振るって、できる範囲を尽くしているに過ぎないんだ。少しサボれば、いつでも誰でも同じだ」


「その些細な差が大きすぎるんだ! 棒を握ってぶっ壊すだけで、成し遂げたつもりになっている奴等に、俺は報復することにした」

 ケリンが手を振る。

 その背中で、蔦を引きちぎって発射機が口を開いた。

 地下へと繋がるそのサイロは、巨大なミサイルを収めていることが容易に窺える。そのモデルは――核ミサイル。


「ミニットマン。こいつで、データセンターを破壊する。役割も持たず溢れる大部分のバーチャルに、真の消失ロストを思い知らせてやる。優しい世界など、クソだ。選び抜かれた奴だけが生きればいい」

「ここまで再現しているとは、驚きだ」

 リスが感嘆の声を漏らす。

 鳴神は、何も言わなかった。


「あの時、河原の土手でお前を見つけたとき、本当は思ったんだ。人気の上下に怯えずに、飄々と韻を刻むお前を一度、ぶち飛ばしてやりたいってな」

 鼻に皺を寄せたケリンの顔は、もはや悪鬼の如くであった。


 パーカー姿の青年は、立ち上がる。

 この世界に、神は居ない。

 自由で優しくて、甘い世界に、罰を与えて諭す者など不要だからだ。

 それでも、優しい世界が、不快な甘さや、暴力で歪に落ちてゆくなら。

 汚名を着せられようと、正して引き上げる者が必要ではないか。

 居もしない神の威光を笠に着て、それを行おう。執行者は口にする。


「これ以上、仮想うたかたの夢を壊すなら――」

 人差し指と中指を重ね、対の肩へ。

「俺が、お前を裁く」

 胸の前で十字を切り、喉元へ。鳴神の指から発生した、泡立つノイズが胴体を覆ってゆく。首回りを固める詰襟が現れ、オリーブの枝を咥える鳩の意匠が描かれた。

 その波は袖先、足下まで伝わる。論理の波が一巡りしたモノトーンのパーカーとパンツは、覆い隠すような黒いカソックへと変転した。

 膝の高さで切られた裾が、非存在の風を受けてはためく。

 罪人を裁く、真っ黒な神父。

 厳格なる鷹の目が、ケリンを無感動に見下ろした。


「ハッッ」

 歯を剥いて、ケリンはそれを嗤った。

 泥沼の中から、マイナスから、彼は這い上がってきた。

 見下ろしてくる者を、野良犬は決して認めない。

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