鳴神裁と人工の雷 Ep.5

 <・・・・・・点呼を実施する。モーリス隊、異常なし>

 <ハリト隊、異常なし>

 <ジルワン隊、異常なし>

 そして、シェイファーが無線機で応じた。

「カルフォ隊、異常なし」

 自衛軍はエルフの森に踏み入りながら、定期的にこうした連絡を取り合っている。それはもう、秒単位で正確なので、律儀なものである。

 既に森に入ってから、かなりの時間が経過していた。


「・・・・・・星は神話に例えられる」

「どうした、意外とエモリスだな」

「名付けは大事さ」

 自分の左肩と世間話をしながら、鳴神は歩いた。

 照明は同行する自衛軍の持っているランプだけが頼りだ。鳴神の肩にちょこんと乗る、得体の知れないリスにこっちこっちと導かれた一行は、やがて木々が切り開かれた広場へと辿り着いた。背の低い蔦が、凸凹とした地形を覆っている。


「なんだ、これ」

 鳴神は、近くの丘のような盛り上がりに触れ、蔦を両手で分けた。

 葉に張り付いていたトカゲが逃げてゆき、なおも選り分けると、金属の壁が見えた。人工物だ。

「こっちも鉄かジェラルミン、という感じだな。錆びていない」

 蔦をシェイファーがどかして言う。

 鳴神は、顎に手をやった。

「エルフの森に、沈んだ街が・・・・・・?」

「ぐしぐし、と言うより、“施設”と言った方が正しいな」

 顔を洗っていたリスが素早く答える。小動物の切り替えは俊敏だ。


「仮想現実の成立に遡る話になるが、これはその名残だ」

 リス曰く、元々このバーチャルの世界は現実世界のあらゆる情報リソースを組み合わせて作られている。想像力の発露である非現実の風景に加えて、現実の地図の複製、さらには災害対策のシミュレーションマップも含まれるし、末には戦争シム関連まで入っていたそうだ。

 文字通り、知の全てを移し込んだのだ。

「このエルフの森に残っているのは、ウォーシミュレーションの一部だろう。鳴神が触っていたのは、航空機の胴体だ。ここは飛行場かも」

「詳しいな」

「リスは調査と分析ができる」


 砂と泥にまみれて、掠れた“U.S.ARMY”の文字があった。

 不必要と見なされ、埋もれた情報資産。それらが、蔦の下で眠っている。鳴神は、なんとも言えない寂しさを覚えた。

「役目を終えたモノ達の墓場だな。おれも・・・・・・」

「リス?」

「ぐしぐし。何でもない」

 鳴神の問いを、リスが仕草でかき消した。


「・・・・・・その通りだ」

 声に振り返れば、離れた蔦の丘に男が屈み込んでいる。

「ケリン!」

 鳴神が叫ぶ。

「奴かっ」

 シェイファー達が機関銃を構えた。

「俺はここから始まった。機械と蔦の山。ミサイルも、ここから学んだ」

 黒髪のダークエルフがゆっくりと立ち上がる。

「温もりなんてものは知らなかった。あの人に会うまでは――」

「止まれ!」

 制止に応じず、手を広げた。何かの合図だった。


 銃を向けていた自衛軍の二人が、後退する。踵で踏んでいた蔦がひとりでに伸び、絡みついて足を引っぱった。

「リック! ブレイン!」

 二人の機関銃の引き金は遅れ、明後日の方向にマズルフラッシュを瞬かせた。

「ああっ」「ぐああああっ、シェイファー隊長ぉ!」

 倒れた彼等を、周りに茂る蔦が飲み込んでゆく。

 他の面々は散り散りに走った。

「鳴神っ」「説得、無理だ・・・・・・!」

 リスが呼びかけ、鳴神も全力で走って、蔦の壁に隠れる。

 ぎしぎしと身体を締め付ける嫌な音が響き、もがくリックとブレインは蔦の固まりの中で、やがて動かなくなった。


「くそっ、日頃のFPSの腕を・・・・・・行け!」

 マックがグレネードのピンを抜き、ケリンの方へ投げる。

 物陰で視野が遮られているにも関わらず、正確な投擲だった。放物線を描き、ケリンの側頭部に当たる形となったが、彼は避けもせず、それを指して受け止めた。人差し指で止まったグレネードは作動しない。そのまま、細長く尖った形へ瞬時に再構成される。ミサイルだ。

「サイドワインダー」

 ケリンが呪文を唱えた。後部から火を噴き出したミサイルは、周囲をぐるりと旋回して、獲物へ向かって一直線に突き進んだ。

 爆音が轟き、マックが上下逆さに飛んでゆく。丸みを帯びた蔦の山にぶち当たり、向こう側に転がって見えなくなった。


「隊長、逃げて下さい、他の隊を呼んで、・・・・・・うおおお!」

 ビリーが飛び出して、腰だめに構えた銃でケリンを銃撃した。

 弾幕を張りながら前へ進んでゆく。相打ち覚悟だ。

「ちっ!」

 舌打ちして、今度はケリンが隠れる。

「聞いて下さい、あいつのミサイルは能力じゃない! ダークエルフ、本当は土属性の魔法使い、だから蔦や金属精製・・・・・・」

「ヘルファイア」

 ビリーの言葉は最後まで紡がれなかった。

 ケリンの隠れた場所から撃ち出され、山なりに飛んだミサイルがビリーを爆殺したのだ。黒い煙が立ち昇った。


 ビリーの物であったヘルメットが、シェーファーの近くで跳ね転がる。

 半身を晒したシェーファーは無線機を出し、通信を試みた。

「こちらカルフォ隊、ケリンと交戦、ぐっ!」

 たちまち蔦が手首に這い寄り、彼の無線機を奪い取った。忠実なその蔦は、ケリンの手元まで無線機を運んでゆく。

 受け取り、ダークエルフは深呼吸した。

 そして無線の通話ボタンを押しながら、妙な声を発した。

 曲がったピーナッツのような声だ。

「こちらカルフォ隊ぃ。今のは間違いだったぁ。ケリンの罠に引っかかったようだぁ、被害は無し、念のため点呼を取りたいぃ」


 その様子を影から見ていた鳴神が言う。

「声真似のつもりかよ。ヘタクソ過ぎる」

 <・・・・・・モーリス隊、異常なし>

「嘘だろ?」

 自衛軍はとても実直な者達であった。

 <ハリト隊、異常なし>

 <ジルワン隊、異常なし>

 ケリンは、続けて呪文を唱えた。

「上々だ――シュライク」


 ケリンの言葉に呼応して、蔦だらけの地面が盛り上がり、発射台がせり出してゆく。それは通信が入った数だけ、空へ弾頭を傾ける。

「ARM(対レーダーミサイル)だ。そして周波数はこの無線機で掴んでいる。分かるか、こいつは・・・・・・」

 ケリンが発射台に手を翳した。次々と、白い槍に火が付く。

「電波の発信源に向けてええ、ぶち飛ぶんだよ!」

 投げるように合図して、一射、二射、三射。煙跡を残して、森の奥へと吸い込まれる。身に響く衝撃音と、木々を揺らす強風が返ってきた。

 脅かされた鳥達が羽ばたき、地を離れてゆく。


「馬鹿な・・・・・・」

 蔦で腕を縛られたシェイファーが苦悩の様子を見せた。

 残りは彼だけ。部隊は全滅だ。

「・・・・・・っ」

 蔦伝いに建物をよじ登り、広場の地形を見ようとしていた鳴神も、風にただ堪えることしかできず、歯噛みする。

「大戦後のミサイルを再現するVTuberか。興味深い」

 鳴神の肩に乗った、灰色のリスだけが冷静にケリンを評価した。

 人工の雷は森を焼き、空を汚す煙が撒かれていった。

「はは、はははは・・・・・・!」

 褐色のダークエルフは、ただ空を嗤う。


 シェイファーは、蔦に縛られていない、もう片方の腕で拳銃を抜いた。

「ケリン!」

 瞬間、命じられた足下の蔦が伸びて、彼の腕を掴み、射線をずらす。さらに蔦は手首から銃の柄へ進み、引き金を固めて止まった。

 これでシェイファーの両手首が固定された。

 悠々と歩きながら、彼に近づいてゆく。

 あっさりと拳銃を奪ったケリンは、そこから一片の平たい金属片を分離して、掌で転がし、弄んでみせた。拳銃は投げ捨てる。

「お前の運命は、このコインで決めてやろう。どうだ?」

 シェイファーの生死を決める物の表裏を見せてやる。

「表が出たら、お前は終わりだ。裏が出たら、あの人に免じて許そう」

 ダークエルフの横顔と、女性のエルフの横顔が刻印されていた。


「・・・・・・俺をどうにかした所で、また増援が来るぞ」

「構わんさ。俺はもともと、失うものなど、何も無い――」

 ケリンが運命のコインを指で弾いたとき。

 空中に銀の小片がくるくると回り、その表裏が定まるとき。

 蔦まみれの施設の上から、声が挟まれた。

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