鳴神裁と人工の雷 Ep.3

 無人巡回のタクシーを拾って鳴神が向かった先は、爆破された自警団員の入院先、仮身総合病院であった。病院では、バーチャルの住人達の構成骨格ボーンの矯正や、身体の再アップロード等が行われている。

 ベッドを運べる大きなエレベータで昇り、目的の階へ。カフェのマスターから聞いた、健康そうな響きの看護師の名前を出して面会手続きを済ませば、あっさり通ることが出来た。これが若草色の髪をしたマスターが所属する運営の、バーチャル世界における影響力である。


 自警団員はぐるぐるの包帯巻きで片足を吊られ、ベッドに寝ていた。もう一人はICUにおり、黒焦げでとても話せる状況ではない。

「おい、起きろ、話聞かせろ」

 鳴神は寝ている自警団員を無理矢理起こそうと揺さぶる。

「うわあっ、火が、光がぁっ」

「落ち着け! ケリンは、何があったんだよ」

 壊れたモーションキャプチャのように目がぎょろぎょろと動いて、我を取り戻した彼は、鳴神を見るなり言った。

「はっ・・・・・・お前は鳴神裁。風説の流布で逮捕する」

「だから落ち着けって」

「仲間を呼んでやる」

 吊られた足をぎしぎしと鳴らす。

「呼べよ! 脳みそスライムかっ。ケリンに何したんだ」

「ケリン・・・・・・そうだ、ケリン。恐ろしい!」

 その名を聞いて、男は目を見開く。


 鳴神とケリンは、ひとつの動画をアップロードした。

 ラップの動画だ。

 二人が韻を刻みながらぶつかり合う、渾身の競作だった。

 その動画のアップロードから、状況は二転三転した。

 初めは賞賛から。やがては非難へ。祝福リスナーの後に、溢れるような呪いアンチがやってきた。ケリンの近くにも自警団が現れ、さえずりを乗せた鳥が絶えず並ぶようになった。

 元々自警団に行動をマークされているゴシップ屋の鳴神と組んだことが、悪印象を与えてしまったのだ。個人Vtuberのはみ出し者が、もはやただの悪とみなされ、正義を振りかざす者達の格好の標的となる、そんな瞬間だった。


 そうして自警団員の二人、ジョージとジム(彼等は自分達をコードネームで呼び合う)が、夜歩くダークエルフを認めたのは間もなくのことだ。ただコンビニへ向かう途中だったのだが、彼等はそれを咎めて詰め所へ連行した。

 尋問中、ケリンは一言も発しなかったが、扱いが悪かろうと、罵倒されようと、従順だった。逆らわず波が過ぎ去るのを待つのがこうした手合いへの適切なあしらい方ではあったが、それ以上に鳴神とのコラボレーションに対する罪の意識があったようである。自信作であったはずのラップ動画は、リスナーに対する背信として、ケリンの中で解釈されつつあった。


 だから、彼は行いに対する罰を受けるつもりでいた。

「黙ってちゃ分からねえ。ジム、アレやるぞ。ケリン、てめえはこっちに来い」

 ジョージとジムの二人は反応の悪いケリンへの態度を切り替えた。

 手枷を嵌めたまま、シャワールームへ放り込むことにしたのだ。

 尋問が、たちまち拷問に変わった。

「こいつで素直にしてやる。ジム、放水!」

 そして、消防用ホースの強烈な水圧を浴びせたのである。立っていられない程の圧力の中、跪いたケリンに、なおも冷たい水がのしかかる。息すら難しいほどの重みと水飛沫に溺れ、それでも彼は決して逆らわなかった。


 想像力の欠如した自警団の二人は、苦しむケリンを薄ら笑いで責め続けた。放水が一旦、止まる。ジョージが、言った。

「仏頂面の男を責めても、つまらねえ。不満足なんだよなぁ・・・・・・」

 下卑た己の欲望が、露わになっていった。

「俺はさ、泣いて謝るバーチャルが見たいんだよ」

「女がいいですね。女の土下座!」

「そうだ、へへ、女だ。銀髪で気の強そうな女が崩れるのも、小さなメスガキが潰れそうに呻くのも、最高だ。・・・・・・委員長はいいや」

 欲望の開陳は止まらない。自警団とは、バーチャルの保守的な世界を構成する一部であると同時に、罰を与えることに酔った者達の集まりなのだ。


「それと、エルフの田舎娘。東京名物を抱えた――」

「謝罪配信させましょう。俺達の前で許しを請う、最高のエンタメだ」

 ジョージが笑う。ジムの口元が歪む。

 美しいバーチャルを、思い通りに貶める愉悦。

 彼等は、その麻薬的な会話に没頭していた。

 だから、いつの間にか目の前の男が首を上げて睨んでいたことに、気付くのが遅れたのだ。そして、手錠の金属が変形し、弾頭が精製され、危険な爆発物が一瞬にして再構成されたことにすら気が付かなかった。

「エルフの田舎娘。その人の名を、言ってみろ」

「へへ、へ?」「ひっ」

 ジムだけ、状況を理解した。どちらにしろ遅かった。

 ケリンは犬歯を剥き出しにして、威嚇の笑いを見せる。

「言えよ」

 そして、ああ、狂犬が目覚めたのだ。

――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!


「うわあああああああああああああああああっ!」

 こいつがジムらしいが、これ以上は聞き出せそうにない。

 鳴神はナースコールのボタンを握り、それから廊下に出ていった。

 すれ違いざまに入室した医師と看護師のBotが、自警団だった男の周りを囲み、胸を押し始めた。

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