鳴神裁と人工の雷 Ep.2

 しばらく後。

 鳴神は、いつものパーカーを着て、カフェで寝ていた。

 濃い木目調の店内は、使い込まれた分厚いテーブルも、同じだけ重厚な椅子も、数十年の月日が経過したと思われるクラシックさで統一されている。ただし、バーチャルなので実際の経過年数は分からないが。


 飲みかけのコーヒーと平らげたモーニングを置いたまま、後頭部を見せてテーブルに突っ伏す鳴神を、幼い声が非難した。

「なんでこんな奴がいゆの。出禁にしなよぉ」

 水色と白に塗り分けられたフリルの多い服に、媚び媚びのツインテール。魔法少女然としたファンシー幼女が指差し、辛辣な言葉を投げかける。


 若草色の髪をしたエプロン姿のマスターは、サイフォンを拭きながら言った。

「行き詰まると、ここに来るんだよ」

「ふーん。ハジメが波止場なんだねぇ」

「渋いこと言うね、ちーちゃん」

「うっせ、黙れ」

 顔を上げた鳴神がどちら宛てともつかない悪態をつく。


 実際、行き場を失くす度に、鳴神はカフェを訪れる。大手運営に所属し、幾つものつまづきを経験し、散々ゴシップのネタにされてきたここのマスターは、そんな背景が有りながらも疎まずに彼を受け入れている。ちーはこの関係性がどうにも理解し難く思えて、頬杖をついた。

「でもさ、“にじ”のみんなが来たらマズいよ」

「朝だし、常連が来る前の時間だから、いいんだ。放っておいてあげなよ」

 鳴神は苦い顔でブラックのコーヒーを流し込み、喉の奥で豆の旨味を感じた。だが、何故か褒めたら負けだと思っているのだった。


 漫然と流していたブラウン管が、歌番組から切り替わる。

 正義の最後の砦を名乗る、バーチャル自警団チャンネルが始まった。

 最初のニュースは自警団の詰め所爆破。見事な全壊。

「ああ、やってんなあ?」

 昨日の夜の出来事だそうで、建物は瓦礫の山と化している。内側から吹き飛んだと思しき凄まじい爆発の跡であった。

 これで立派に追われる身だろう。犯人は相当根性のある奴だ。

 ブラックを再び口にする。心地よい苦み。


 ・・・・・・本来、バーチャルに警察は居ない。

 バーチャル自警団とは、この仮想世界で有志が勝手に集まって作った団体である。数にものを言わせて思い思いの正義の棒で殴るのが常であり、公正とか治安といったものとは程遠かった。むしろ、無法を象徴する存在というか、この世界の成熟の度合いを示すものであった。

 バーチャルとは、そこに住まう者も含めて、青い果実なのである。

「バーチャル自警か。俺もサバキも、あいつらには散々ボコボコにされているからなあ。それにしても、すごい奴もいたもんだ」

 マスターが布巾越しに掴んだサイフォンを置く。お互い、追いかけられ叩かれたことも一度や二度ではない。凝り固まった頭の面々ばかりで話しても無駄なので、正直いい思い出を持てない連中である。


 <今回の事件では、極めて強力な爆発物が使われており、バーチャルの住人においてこれを可能な被疑者は絞られます>

「なんだ、まるでケリンみたいだな」

 鼻で笑う鳴神が再び近づけたコーヒーに、波紋が広がった。

 <第一被疑者のヤミクモケリン(存在年齢不詳、ダークエルフ)はミサイルの愛好家であることが知られています。数日前の投稿動画が物議を醸していることに加え、エルフの森へ行ったまま、所在が不明・・・・・・>

「ぶふぉっ」

 知った顔が映る。コーヒーの飛沫が白磁の縁から飛んだ。

「わぁ、きたね!」

「ちーちゃん、後で拭くから!」


 飢えた野良犬のような面構えの、耳長エルフ。

 ケリン。ダークエルフのケリン。

 何考えてんだ、あいつ。

 <現場に居合わせていた二人の自警団員は仮身総合病院へ搬送され、治療を受けており、後ほど事情を聴取する模様です>

 鳴神は口を拭き、席から腰を浮かす。

 低い姿勢のまま駆け出し、そのまま戻ってきた。

「待て、ごちそうさま!」

 読み取り機にカードを翳す。

 仮想の通貨はいつでもキャッシュレスである。

「はい、ありがとうございます」

 マスターが軽く礼をする。


「病院は、うち所属のバーチャル看護師の名前を出せば入れるんじゃないかな。あと、ケリンに会うならこれ、渡しておいて」

 お釣りでも出すように、ラッピングされた小さな箱を握らせた。

「なんだ? まあいい、助かる!」

 鳴神は走った。

「お仕事。忙しいね、ハゲタカだもんね」

 魔法少女が、カウンターの長椅子から脚をぶらぶらさせた。

「いや、あれは知人を本気で心配している顔だよ」

 カフェのマスターは、落ちついたアルカイックスマイルでそう言う。

「ふん」

 ちーは、呆れた溜息をついた。

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