鳴神裁と人工の雷
畳縁(タタミベリ)
鳴神裁と人工の雷 Ep.1
足りない。
想い人に近づくには。
まだまだ、数字が足りない。
水面に起きた波の高まりと沈み。繰り返しが、夕日に照らされてランダムに光り、流れてゆく。座り込んだ男が、河原でそれを眺めていた。
時の流れを実時間に換算した場合、もう一時間は経っている。
それでも、答えは出そうにない。浮かない顔をした男は意固地になったのか、背の低い野草の生える斜面に居座り続けた。長身で、長髪で、肌は褐色、耳が尖っている。痩せぎすで、緑色のミリタリーシャツを着た男。
貧相な見た目の内に、激しさを湛えたひとりのバーチャル。
名を、ヤミクモケリン。
彼は、オレンジ色に焼けた空を見上げた。
問題は、物量で殴れば解決する。
言い逃れの出来ない視聴数。言い訳のいらないリスナーの支持。数字を、物量をもってすれば実現できないことなど何も無い・・・・・・、そう、所属の異なるVライバー、あの人に近づくことですら、不可能ではない。
言い換えれば、それ以外の選択肢を持たなかった。
真っ直ぐやるしか能が無かったのだ。
そして、それ故に考えあぐねていた。これ以上どう伸びればいいのか?
ひらめきが降りてくるのを、ひたすら待つ。待つと決めたからには待ち続ける彼の尖り耳に、やがて規則的な音が舞い込んできた。
ひとつの予感があった。
ケリンはすっかり重くなった腰を持ち上げて、草葉を落とす。
川に架けられた鉄道橋を四角い塊が抜けてゆき、一時はかき消されたものの、ケリンはそのまま音を追うことができた。列車が通った橋の付け根、盛り上がる土手をくりぬいた小さなトンネル。
向こう側の景色に浮かび上がる形で、人影が見えた。
フードを被ったその影は、音に合わせて調子を取っている。口ずさむ、念仏のような特徴的なリリック。ラップだ。落書きだらけのコンクリートの壁に寄せて、年代物のラジカセが音を飛ばしている。
「
立ち止まり、フードを取った。苛立つように跳ねた紫髪と、鋭い鷹のような目が露わになる。鳴神裁だった。
ケリンはよく知っている。規制ギリギリのパフォーマンスではみ出し者となっている自分とは、異なる方向のアウトロースタイル。
Vtuberのゴシップを取り扱い、他者の汚れを好んで追いかける。
界隈の嫌われ者だ。
その鳴神は落胆気味に屈み込み、ラジカセの停止ボタンを押した。
「はぁ・・・・・・ああ?」
そして、トンネルの外のケリンに気がついた。
「何をしている」
鳴神は、白黒のパーカー姿で腕を組んだ。
「ラップだろ。見るなり聞くなり、分かりそうなもんだろ、イェ」
“その時”が来たときのために、口ずさみ韻を刻んでいるのだという。
ケリンは意外に思った。
鳴神に音楽の素養があったこと。そのクオリティが高いこと。ゴシップ屋にチャンスなど来るわけが無いだろうに、彼は疑う様子も無く、研鑽を積んでいる。殆どのリスナーが知らない事実だった。
「ああ。なるほどな――」
首を傾ける。
そして、もっと意外なことを口にしたのは、自分自身だ。
「興味が沸いた。一緒にやってみないか」
「そうか邪魔かよ。はいはい分かりました、出て行く・・・・・・えっ」
手で払い、遅れて驚く。
「マジか。いいのか?」
「いいと言っている」
まさか、彼の“その時”を、ケリンが与えることになるとは。
「教えてくれ。次の動画にする」
伸ばした手を、ぱしっと鳴神が握った。
「急ごしらえか。キツい伝導になるぜ」
そうして再び、年代物のラジカセの再生スイッチが押された。
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