第40話 取引

 それからどれほどの時間が経っただろうか。

 その後もカムイたちは睨みあいを続けていた。

 拮抗を破ったのは、この部屋に現れたとある人物たちだった。


「なんだ、この状況は」


 それは今回の計画を企てたカナメとヤマトだった。

 二人だけではなく、何人かの兵士も従えている。


「ヤマト、それにカナメ……。なぜお前たち二人が?」

「騎士の忠誠よりも固い絆が私たちにはあるからですよ」


 わざとらしくカナメが言った。


「お前がカナメか。それにそっちは昔どこかで見かけたような気がするな」


 カナメとヤマトを見たカムイが感想を呟く。


「……昔お前と一緒にとある戦争で戦ったことがある」

「やっぱりそうか、思い出したぞ。義理人情に厚い傭兵として有名だったような気がしたが、それは気のせいだったか」

「義理人情にも限度がある、ということだ」


 二人の会話が終わったところで、カナメが話を切り出す。


「さて王よこれから私と共に来てもらいましょうか。取引の時間です」

「……取引だと?」

「嫌とは言わせませんよ。王妃の命がどうなってもいいのですか?」


 カナメがそういうと後ろに控えていた兵士たちが一斉に弓を構え始めた。


「もし私に逆らえば、この弓で王妃を穿ちます」

「そんなこと、俺がさせると思うか?」


 カムイが刀を構えながら言う。


「もちろん、あなたの脅威的な戦闘能力は知っている。だから俺たちも無策というわけではなく、少し細工をしているんだ」

「細工?」

「この弓矢には毒が塗ってある。掠っただけでも相当の激痛が走るはずだ。そんなものが体のどこかに刺さりでもしたら、命にも影響あるだろうよ」

「ちっ……」


 カナメの話を聞いて、カムイは彼の策を理解した。


「あなた一人なら弓矢をかわすなり、あるいは刀ではじくなりできただろう。だが後ろにいる王妃はどうだろうか。自身と王妃を守りつつ、全ての矢をかわすことなど不可能に近いだろう」


 カナメの後ろには数十人の兵士がいて、それら全てが毒の矢を構えている。もし彼らが一斉に矢を放ってきた場合、カムイ自身は何とかなるだろうが、リーン王妃に向かってくる矢をいくつか取りこぼしてしまうかもしれない。

 だがカムイとしても、ここで素直にリント王を引き渡すわけにはいかない。


「……舐めるなよ、その不可能を可能にするのが直属騎士だ」


 このような状況になってもカムイは怯まず信念を貫く。


「大した自信だ。では試してみようか」

「来い」


 兵士たちが弓を放とうとしたその時、


「待て、君に従おう」


 と、リント王がその場を止めた。


「……流石は王だ。状況を理解している」

「お待ちください、リント王。あなたがここで従っては彼らの思う壺だ」


 当然カムイが制止する。


「カムイ殿、あなたの腕を疑っているわけではない。だが万が一にもリーンを危険に晒したくないのです。許してください」


 しかし、リント王の意志は固かった。


「……わかりました。依頼主であるあなたが言うのであれば従います」

「こちらとしても、王が素直に従うのであればあなたたちに危害を加える必要はない。出来れば生きていてほしいからな」

「……」


 カムイは刀を構えたまま睨みつけた。


「では王よ、参りましょうか」

「……どこに連れていくんだ?」

「私についてくればわかりますよ。……ヤマト、お前はここでこの二人を見張っていろ。万が一にも邪魔されたくないからな」


 カナメは王を引き連れて部屋から出て右方向に行った。


「直属騎士カムイよ、カナメが戻ってくるまでここにいてもらおうか」


 カナメたちが出ていったあと、部屋に残ったヤマトが言う。

 カナメの言葉通り、この部屋でカムイを足止めするために弓を構え続けていた。


「……あの二人の取引が終わるまでずっと弓を構えるつもりか?」

「ああそうだ。お前を逃がさないためにな」

「……」


 このままカナメたちの思惑通りに事を運ぶのはまずい。

 それはカムイにもわかっていた。

 この状況をどう打破しようか考えつつ、カムイは後ろをちらりと見た。

 不安そうな表情を浮かべているリーン王妃の後ろには、大きな窓がある。


(一瞬だけでも気を逸らすことができれば、リーン王妃を抱えてあの窓から飛び降りることができるんだが……)


 問題はどうやって気を逸らすか、それを考えなければならない。


(何か奇跡でも起きてくれないかな……)


 そう願ったまさにその瞬間、奇跡が起こった。


「おーい、ラゼルドの兵士さんたち、賊はそこにいるんですか?」


 山賊討伐から戻ってきたリクトがこの場に現れたのだった。

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