第39話 カムイの仕事

 カナメが城内に侵入する二時間ほど前、リント王の元に一つの報せが届く。


「報告します。城下町外れにある山道を怪しげな一味が通行しているとの情報が」

「怪しげな一味、か」


 執務室で仕事をしていたリント王とそれを見守るリーン王妃、そして二人を警護しているカムイがこの部屋に集まって情報を聞いていた。


「身なりからして、イズナ将軍の報告にあった山賊たちかと」

「ふむ……。カムイ殿、これをどう考えますか?」


 リント王はカムイに意見を求める。


「おそらく、こちらの動きが事前に向こう側に知られていたのでしょう。それでこちらが討伐に隊を向けたらその動きに合わせてすれ違うように動く。もちろん隊とは鉢合わせをしないように」

「動きが知られていた、か。偵察の目があったようには思えないが……」

「何も監視や偵察のみが情報を得る手段ではないでしょう。もっとわかりやすい方法があります」

「それはどのような?」

「内部から情報が漏れている、ですよ」


 そのカムイの言葉を聞いて一瞬驚いた表情を浮かべたリント王だが、すぐに冷静になった。


「おや、どうやら王には何か心当たりがあるようで」

「……何となく察しはつきます。最近城内の兵士たちの様子が慌ただしいと報告が入っていたので」

「ラグナ様もそのようなことをおっしゃっていましたよ」

「……そうか、あの子でも察せるほどわかりやすかったか」


 何か諦めがついたかのような表情でため息をつく。


「とりあえず、ラグナ様たちには報せを出しておきます。王もすぐに警護の兵を増やした方が良いかと」

「そうですね。……すぐに兵を集めてくれ」


 カムイは鳥に手紙をつけて飛ばし、リント王は近くにいた兵に召集を命じた。


「ちなみに、王はどれほどの兵が敵と協力関係にあるとお思いで?」


 もはや隠す必要はないと判断したのか、単刀直入に尋ねる。


「……私にはわかりません」

「まあ、ここで推測しても意味はないでしょうな。いずれにしても、私は王と王妃を守る命を受けていますので、傍でお守りさせていただきます」

「ええ、よろしくお願いします」


 二人は今後起こるであろう事態に備え始めた。

 しかし、しばらく待っても呼び寄せたはずの兵士たちが一向にやってこない。


「兵はまだ来ないのか」

「ええ、さすがに遅すぎますね。少し様子を見てきます」


 そういってカムイが部屋の扉を開けたらそこには多数の兵士たちが立ち尽くしていた。


「おっと、ちょうど到着したようですね」


 カムイが兵士たちを部屋の中に招き入れようとしたが、一向に動く気配がない。


「……」

「どうした、中に入らないのか?」


 その様子を見ていたリント王が中に入るように促すが、尚も動かない。

 流石に怪訝に思ったカムイは、腰の剣に手をかけた。


「陛下、お話があります」


 ようやく兵士の一人が口を開いた。


「なんだ?」

「どうか、抵抗しないでいただきたい」


 そう言いながら兵士たちは一斉に武器を構えた。


「……これはどういうことだ?」

「訳は後で話します」


 リント王の問に、兵士たちは応えようとしなかった。


「ラゼルドの兵士たちよ、自分が何をやっているのか理解しているのか?」


 その様子を見ていたカムイが尋ねる。


「自分たちの主君に刃を向けているのだぞ」

「私たちも本当はこのようなことをしたいわけではない。だがこのままでは一向に話は進まないのだ」

「話だと?」

「あなたも我々の国の事情は聴いたことがあるだろう」

「……東西戦争の報酬が正式に渡されていない件か」


 その言葉を聞いて兵士の一人は頷いた。


「東西戦争が終結して以来、我々はずっと陛下にこの件をはぐらかされている。いくら訴えても何も変わらない。だからこうするしかないんだ」

「……」

「なるほど、君たちの動機はわかった。それでこの後はどうするつもりなんだ?」

「王だけ別の部屋に連れていく。後はカナメたちが交渉をするだけだ」

「なるほど。もうカナメはこっちに来ているのか?」

「あなたに言う必要はないな」


 これ以上兵士たちは質問に答えなかった。


「それもそうだな。そして俺もこのまま王を連れていかせるわけにはいかないな」


 カムイは刀を抜き、構える。


「そちらはたった一人。対するこちらは数十人だが、それでも勝てると?」

「逆に聞こうか。その程度の人数で勝てるとでも?」


 その言葉を聞いた数人の兵士が一斉に突撃してきた。

 どの兵士も槍を構えている。

 対するカムイは刀なので、間合いでは当然不利な状況である。

 それに加えて後ろにリント王とリーン王妃を守りながらの戦いでもあるため、戦闘難易度は非常に高いといえるだろう。


「はっ!」


 兵士の一人が槍を突き出した。

 カムイはその槍に対し刀を横にして槍の柄に重ね、そのまま刀身を滑らせて兵士を切った。

 鮮やかすぎるその行為に、兵士は言葉もなく倒れた。


「なっ……」


 その戦いを見ていた他の兵士たちは度肝を抜かれた。


「心配するな、殺してはいない」


 その言葉は、逆に言えば殺さずとも戦える余裕がある、と言う意味だった。

 今の一連の流れだけで兵士たちはカムイとの能力差が相当なものであると理解し、不用意に攻撃することはなくなった。

 攻撃をしようと突撃した何人かの兵士たちも、攻撃をやめ間合いを取った。

 だが同時に兵士たちが全く動かなくなって入り口を塞いでいるため、カムイたちが部屋から出ることもできなくなってしまった。


(膠着状態になってしまったな。まあ正直全員切り伏せてここから脱出してもいいんだが、兵を殺す様子を王たちに見せたくはないし、どうするか……)


 冷静に考えると、カムイたちにとってこの状況はそれほど悪いものではなかった。

 膠着状態がこのまま続けば戦闘が行われずいたずらに犠牲が出ることもなく、リクトたち山賊討伐に出かけた兵士一行が戻ってくる時間も稼げる。

 リクトたちが帰ってきたら、彼らに城内部で反乱が起き始めていることを街中に報せてもらえば、この騒動も収まるかもしれない。

 問題はその状況になった時に兵士たちがどのように動くのか、だが。


(とりあえず、リクトたちが早く帰ってくることを祈るか)


 カムイは兵士たちにプレッシャーをかけながら、時間が経つをの待った。

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