第38話 カナメの潜入
リクトが王都に戻る一時間ほど前。
「……よし、今日はこんなものかな」
ラゼルド王国の王都の城下町では、ミソラが買い物をしていた。
リクトたちが山賊退治に出かけてから、ミソラは王城でリーン王妃たちと過ごしていた。
リーン王妃の弟であるラグナの友人として、扱いはそれなりに待遇されていたが、それを窮屈に感じたミソラは部屋を借りるだけにして、食事や洗濯などは自分で済ませているのだ。
ただラグナの友人というだけで、格別な待遇をされるのを引け目に感じているところもあるのだろう。
「……あれ?」
帰り道の途中、ミソラはいつの間にか普段通らない道を歩いていた。
まだラゼルド王都に来て間もないミソラは、王城への帰り道を間違えてしまったのだ。
「ど、どうしよう」
誰かに道を尋ねようとしても、間が悪いことに周りには人がいない。とりあえず闇雲に歩いてみることにした。
しかし、歩けば歩くほど道に迷う。これではいつまでたっても王城にたどり着けない。
焦りながら小走りになっているミソラは、曲がり角を曲がったところで人にぶつかってしまった。
「あっ!」
その衝撃でミソラの体は吹き飛ばされる。ぶつかった人物の方に目を向けると、そこにはローブを羽織った30歳くらいの男の姿があった。
「ご、ごめんなさい」
「いや、気にしてない」
男は倒れているミソラに手を差し伸べる。ミソラはその手を掴み、起き上がった。
「ありがとうございます」
「……少し様子がおかしいみたいだが、もしかして道に迷っているのか?」
「は、はい、そうなんです」
初対面の人間だが、ミソラは正直に道に迷っていることを話した。
もちろん、王城で暮らしていることは隠しながらだ。
「それで、城門の前まで戻れれば、後は道がわかるんですが……」
「なら、そこまで案内してやろう」
「えっ、いいんですか?」
男の好意をありがたく頂戴するミソラ。
「ああ。俺もその近くで用事があるんでな」
「では、お願いします」
「こっちだ。ついてこい」
男はミソラから荷物を取ってゆっくりと走り出した。ミソラがついていけるペースに合わせてくれているのだろう。
しばらく走っていると、無事城門の前までたどり着くことができた。
「あ、ここです! ありがとうございます」
ミソラは再度礼を言う。
「なに、気にするな。今度は道に迷うなよ」
「あ、あの、お礼がしたいのでお名前を聞いてもいいでしょうか」
ミソラにそう言われた男は、少し困った表情を浮かべている。
「……気持ちはありがたいが、別にいらん。俺も急ぎの用があるので、これでな」
そういってそそくさと男は立ち去った。
「……優しい人だったな」
走り去る男の背中を見ながら、ミソラはそうつぶやいた。
「どこに行っていたんですか。遅いから心配していましたよ」
部下の男が、カナメに尋ねる。
「すまない、ちょっと道案内をしていた」
「道案内?」
「なんでもない。それより手はずは整っているんだろうな」
カナメが確認を取ると、部下の男は誇らしげにうなずいた。
「もちろんです。いつでもOKですよ」
「よし、なら今すぐ侵入するぞ!」
カナメの合図で、カナメと部下数人は地下道へと入り込んだ。
地下道に入り込んですぐに、カナメたちの人数分の装備が置いてあった。
これらは事前にカナメたちが用意したものだ。
「まずはこれに着替えるぞ」
カナメたちは素早く着替える。兵士たちと同じ服装になれば、正体がバレずに潜入することができる。
それならば初めからこの装備をして堂々と正面から入り込めば良いのだが、念のためにこの地下道から潜入することにしたのだ。
着替え終わったカナメはカンテラを取り出して灯りをともした。地下道は真っ暗なので、灯りがなければまともに進むこともできない。
「よし、迅速に移動するぞ」
地図を頼りに、地下道の中を走り出す。
数分後には、すでに目的の場所までたどり着いていた。
「ここだな」
地図を見て、間違いがないかを確かめる。
カナメは王城内部へと続く扉を開けた。
「うっ、すごい臭いですね」
ドアの先にあったのはゴミ捨て場だった。
「ここから城の中に入り込むことができる場所がある。そこから入り込んで、約束の場所を目指すぞ」
慎重を期して城の中に入り込んだカナメたちは、周りに誰もいないことを確認して目的地を目指した。
「もう先方とは話をつけているんですか?」
「一応報せは出しておいた」
城内図を頼りにしばらく歩くととある部屋に着いた。
「よし、ここだ」
部屋の扉を開けると、そこには一人の男がいた。
ラゼルド王国の騎士長、ヤマトという男だ。
「お久しぶりですね、ヤマト殿」
わざとらしく敬語で話しかけるカナメ。
「予定の日よりもだいぶ早いのではないか?」
その挨拶を無視し、本題に入るヤマト。
「予定と違う状況になったからですよ。まさか直属騎士が来るとは思っていなかった」
「最近西方大陸の情勢が危ういからな。いつ東西戦争が再発してもおかしくない」
「東西戦争か。あの忌々しい戦いがあってから俺の人生は台無しだよ」
苛立ちながら文句を言うカナメ。
「その直属騎士が現在陛下の傍にいて警護をしている。これでは作戦を実行できないぞ」
「確かに、直属騎士とまともにやりあうのは危険だ。一対一では勝ち目がないし、複数人でも少数では同じことだな」
予定外の存在にカナメも頭を悩ませる。
「何か策があるわけではないのか!?」
「ある程度考えてはあるが、それが通用するかどうかはわからんな」
「おい、どうするんだ、もう後戻りはできないのだぞ!」
「少しは落ち着けって。こういう危機的状況を幾多も乗り越えてきた騎士長様らしくもない」
カナメは煽るようにヤマトを諭す。
「元傭兵として命がけの状況を何度も切り抜けてきたんだろう? その功績を買われて軍事力が弱かったラゼルド王国にスカウトされ、騎士長に抜擢された男なら直属騎士くらい倒してもらわなければ困るなあ」
「何を言っている、傭兵として生きていたからこそあいつらの強さを知っているんだ。直属騎士一人でも小国程度なら滅ぼせるほどの力を持っていると言われている。現にかつて東方大陸にあったとある国が直属騎士一人に滅ぼされたことがあると……」
「そんなの誰でも知っていることだ。俺だってこの状況は賭けでもあるんだぞ。だからこそ、慌てていたら尚更状況は悪くなるだけだ」
とにかく落ち着いて考えることが大切だ、とカナメが言う。
「一応考えている策はある。それが成功するかはわからんがな」
「……今はそれを実行するしかないってことか」
「そういうことだ。さあ王の元へ行くぞ。今は王の間にいるのか?」
「ああ」
カナメたちにとっても命を賭けた勝負になる。
彼らは自分が望む未来を掴むために王の間へ向かった。
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