第27話 ラグナの決意

「リコ、失礼するよ」


 その夜、ラグナはリコの泊まっている部屋へ訪れた。


「何か用?」


 武器の手入れをしていたリコが尋ねる。


「話、途中だったから。リングルートが制圧された後、君はどうしてたんだ? それと、ノヴァが何故捕まったのかも知りたい」

「昼間の話のことね。リングルートが制圧された後は、連合軍による自警団の捕獲が始まった。その際に反逆者としてノヴァさんも捕らわれてしまったのよ。このままでは私も捕虜にされちゃうって思って、強引に門を突破して脱出をしたの。賭けだったけど、何とか逃げ切ることが出来たわ」

「そうだったのか」

「その後は追いつくために馬車等を使ってラゼルド王国を目指した。そして国についたのがつい三日前ほどね」


 どうやらリコはラグナとほぼ同時期にラゼルド王国へとたどり着いていたようだ。


「そういえばこっちも聞きたいことがあるんだけど、リクトとミソラちゃんはどうしたの?」

「えっと、どこから話せばいいかな……」


 ラグナはリコと別れてからの出来事を話した。


「……なるほど、そんなことがあったのね。リクトもついに武器を持って戦うようになっちゃったか」

「リコはリクトが戦うことについてどう思っているんだい?」

「それがあいつの決めた道なら、私は何も言わないわよ」


 そう言いながらも、どこか心配そうな表情を浮かべている。


「でも二人だけで旅っていうのは心配かな。二人とも世間知らずなところがあるし」

「そうかもね。でもリクトもミソラも今回の旅でかなりたくましくなったと思うよ」

「そうなのかなあ。そういえば、話を聞いている限りじゃラグナ様も結構強くなったんでしょ。今度また手合わせしましょうよ」

「それは構わないけど……」


 ラグナは言葉を濁した。


「乗り気じゃなさそうね。それとも心配事が?」

「うん。……先ほどのリコの話を聞いてどうにかしてノヴァを解放できないかなって考えてたんだ」

「それにはリングルートの街自体を解放する必要があるからねえ。というか私聞きたいんだけどさ」


 リコは言葉を区切ってラグナに尋ねる。


「ラグナ様は、シルフ王国を取り戻そうとは思わないの?」

「……」


 それは、リコだけではなくここにいないリクトも聞きたかった質問だった。


「正直に言えば、国を取り戻したいって気持ちはある。けど、今の僕では到底無理だ」

「どうして?」

「まず、国を取り戻すための兵力がないことだ。シルフ王国まで戻ることが出来ればクリスのやり方に反対する遺臣たちを集めて何とか戦えるまでの兵力を整えることは出来るかもしれないが、それにはまずシルフ王国へ入国するために、リングルートの街を解放しなければならない。しかし、今の僕にそんな力はないだろう」

「まあ、そうだけど……」

「次に、クリスの政治についてだ。クリスがもし、国民にとって良い政治を行っているなら、僕の出る幕はないと思っている」

「ちょっと待ってよ」


 その言葉を聞いたリコは突然険しい顔つきになった。


「今の言葉は最低だよ、ラグナ様」

「……何故?」

「あなたは、シルフ王国の王族として生まれたのよ。第三王子であるとはいえ、他の王族はリーン王妃以外全て処刑されてしまったんでしょ。だったら、王位継承権があるのはもうあなたしかいないじゃない」

「確かに、その通りだ。しかし、王族が必ずしも良い政治を行えるというわけではないだろう。先代国王である父上だって、政治の腕が悪かったからこそ今クーデターを起こされているのに」

「ラグナ様の言う通り、王族が国民にとって良い王であるかはわからないわ。でも、それは王族としての使命から逃げているだけじゃない。王族として生まれたからには国を導いていかなきゃいけない。良い政治ができるとは限らないじゃなくて、良い政治を行わなければならないのよ」


 今のラグナは、王族の責務から逃げている。リコはそう避難しているのだ。


「そんなことはわかっている! でも、いきなり国を取り戻せとか、王族の責務から逃げているとか、そんなことを言われても僕にはどうすることもできない。僕は国を導いていくことなんてできない。どうすればいいのかわからないんだ……」


 か細い声で話すラグナ。


「……あなたが今、精神が不安定になっているのはわかるよ。国を追われ、家族を処刑され、信頼している従者とは離れ離れになったりと、これまでに様々なものを失っている。きついことを言うかもしれないけど、それでも弱音を吐かずに責務を全うしなきゃいけないの」


 リコは諭すように話す。


「子は親を選べない。あなたが王族として生まれたことも、私が平民として生まれたことも自分の意思で決めたわけじゃない。でも、その身分に生まれたのならそれを受け入れて生きていくしかない。世の中には貴族に憧れる平民もいるけど、よほどのことがない限り平民が貴族になることなんてない。その現実を受け入れて、皆生きているのよ。だからあなたも、王族である自分を受け入れて、責務を果たさなくてはならないの」

「……リコの言っていることはわかるし、正論だと思う。けど、今の僕にはそれを受け入れられるほどの余裕がない。少し時間をくれないか?」


 虚ろな目になりながらも、ラグナはしっかりと答えた。


「もちろん。最終的にどうするかはあなたが決めることだけど、私はあなたが国を取り戻すことを決意してくれるのを願っているよ。その際は是非私も協力させてほしい」

「……わかった。今日はありがとう。貴重な話を聞けたよ。どっちに転んでも、僕の人生を大きく変えることになるだろう」


 そういってラグナは部屋から出て行った。


 翌朝、ラグナは自分でも驚くほど健やかな朝を迎えた。

 あの後、ラグナは自分の部屋に戻りリコが話したシルフ王国解放のことについて一晩中考えていた。そして気が付いたらいつの間にか眠っていたようだ。


「……よし」


 だが、ラグナの中では決心がついていた。わずか一晩という短い時間で出した結論だが、ラグナ自身に後悔はない。

 ラグナは自室を出てリコが泊まっている客室を訪れた。ドアを軽くノックしてみるが、返事はない。


「まだ寝ているのかな……」


 これ以上は彼女にも悪いと思いひとまず部屋を後にした。

 その後、ラグナは自分の本心を知らせるために、リーンの元へと向かった。リーンがいる場所には検討がついており、案の定王の間にリーンの姿があった。


「あらラグナ、おはようございます。今日は早いのですね」

「おはようございます、姉上。実は姉上に話がありまして」


 ラグナは気持ちを整えるために深く呼吸をする。


「話? 何でしょう」

「僕、いや私はシルフ王国奪還に向けてこれから進撃していきたいと思います。つきましては、どうか私にラゼルド王国の兵を貸してもらえないでしょうか」


 ラグナは深々と頭を下げる。リーンの表情がどうなっているのかを見ることはできないが、おおよその検討はついていた。


「……ラグナ。あなたは本気で言っているのですか」

「もちろんです」

「では、王妃として、そして姉として言わせてもらいます。あなたの申し受けをお断りいたします」


 当然ながら、ラグナの願いは一蹴された。


「……理由をお聞かせ願えないでしょうか」

「あなたは戦争の経験がない。ということは当然軍というものを指揮したことがないはずです。これまでに特に戦場で戦火を上げたわけでもない、指揮経験があるわけでもない指揮官に、ついていきたいと思う兵がいると考えていますか?」


 リーンの言葉はこれ以上ないというほどの正論だった。


「そして、これは姉として言わせてもらいます。あなたを戦場に出したくないという私の気持ちを汲んでください」

「姉上……」

「もうこれ以上、家族を失いたくないのです。もはやあなたはたった一人の肉親になってしまったのですから」


 そのリーンの言葉は痛いほどラグナにも共感できた。自分が同じ立場でも断っていただろう。だが、それでは何も変わらない。


「姉上が心配する気持ちはわかります。ですが、私は王子として生まれた身。いつまでも他者に国を蹂躙させるわけにはいかないのです。私には王族として生まれた責任があるのですから」

「……」

「たとえクリスが国民にとって良い王であっても、彼には王族の血が流れていない。王になる資格があるのは、もはや私だけなのです。共感はできなくても、理解はしていただけないでしょうか」


 ラグナは懇願する。対するリーンの表情は変わらない。どのような心境なのだろうか。


「……いずれにしろ、私の一存では軍を動かすことは出来ません。現在我が国は窮地に立たされているのですから」

「というと?」

「あなたも我が国とツヴァイ王国の関係は知っているでしょう」


 ツヴァイ王国とは、北方大陸に存在している国のことである。数百年前から、ラゼルド王国とツヴァイ王国の関係は険悪になっていた。現在も関係は改善されておらず、日々海を挟んでにらみ合っている状況である。


「ええ」

「現在も第一王子であるゴート王子が軍の一部を率いてツヴァイ王国の侵攻を防ぐために港で滞留しています。それに加えて今度はシルフ王国、オラシオン帝国の連合軍による侵攻にも備えなければならない。この現状を打破するために、王はヴィクリード帝国へ協力を要請しているのです」


 つまり、仮にラグナのシルフ王国奪還を認めても、軍を貸す余裕はないということだ。


「というわけで、どちらにしろ王が戻られてからではないと話は進みません。遅くとも一週間以内には戻られるはずですので、それまでは王宮で待機していてください」

「……わかりました」


 今は引き下がるしかない。この一週間の間に、ラグナは王から軍を借りる許可を得るための方法を考えなくてはならなかった。


「では、失礼いたします」


 王の間から退室したラグナは、再び自室に戻ろうとした。


「どうだった?」


 と、不意にリコに声を掛けられる。


「リコ。起きてたのか」

「ええ」

「自分の決意を姉上に話したよ。僕は国を取り戻す」

「そう。よかったわ、あなたが決心してくれて」


 リコは自分のことのように嬉しそうにしている。


「今軍を貸してもらえないかと頼んでみたけど、国の情勢や姉上の理解が得られなかったりなどの理由で難しそうだ」


 ラグナは先ほどの出来事をリコに話した。


「まあそううまくはいかないよね。今は待つしかないんじゃない?」

「なら、昨日言っていた手合わせをしようか。僕も相当腕を上げたから」

「いいわね。じゃあ早速やりましょうか。近くの広場に行きましょう」


 ラグナとリコは手合わせをするために場所移動した。

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