第26話 再会と情勢

 宿から出発して三日後、ラグナはラゼルド王国の王都へとたどり着いた。


「こちらです、ラグナ様」


 イズナに案内され、ラグナは王の間へと向かう。辿り着くと、そこにはラグナの姉であるリーン王妃の姿があった。


「姉上……」

「ああ……、ラグナ」


 か細い声でラグナの名を呼んだリーンは、そのまま近づいてラグナの体を抱きしめた。


「よく……よくぞ無事で」

「……心配をかけて申し訳ございません」

「本当に、生きているのですね」


 涙を流しながら抱擁するリーン。その姿に、ラグナの涙腺も潤んできた。


「私は……確かにここにいます」

「神よ……あなたに感謝いたします」


 しばらく抱き合っていた後、ラグナは落ち着いた様子で尋ねた。


「リント王はどちらにおられるのですか?」

「王は現在ヴィクリード帝国にいらっしゃいます」

「ヴィクリード帝国に? なぜですか」

「……それについては、深い事情があるのです。しかしあなたには関係ありません」

「……そうですか」


 他国の情勢にこれ以上首を突っ込むべきではないと判断したラグナ。


「それよりラグナ。もうシルフ王国に帰ることはできないし、ずっとこの国にいるのでしょう?」

「流石にそういうわけにはいきません。王にもご迷惑をかけてしまいます」

「そんなこと、気になさらずともよいのですよ。あなたは私のたった一人の弟なのですから」

「姉上……」


 リーンの言葉はありがたいが、ラグナはその申し出を受ける気にはなれなかった。


「ですが姉上、やはり」

「……少なくとも、しばらくはここに留まるのでしょう。でしたら、その間だけでも私と共にいてください」

「何故、そのような……」

「もう、私は家族を失いたくないのです。お願いですから」


 リーンの言葉は痛いほどラグナに突き刺さった。その言葉が同時に、唯一の家族はもうリーン一人しかいないという現実をラグナに叩きつける。


「わかりました。本日は積る話もありますので、姉上のお傍にいたします」

「ラグナ……ありがとうございます」


 リーンが礼を述べたそのとき、


「失礼します。ラグナ様、あなたを訪ねてきた方がいらっしゃるのですが」


 と、兵士が来訪者を報せてきた。


「僕を? 一体誰が」


 ラグナがこの城にいることは、限られた人物しかいない。一体誰なのだろうか。


「その人物はリコと名乗っていますが……」

「リコだって!?」


 リングルートの街で離れて以来、行方どころか生死すら不明だったリコだが、どうやら無事ラゼルド王国まで辿り着いたようだ。


「どなたですか?」

「私の友人です。シルフ王国から逃亡した際にリングルートの街に行ったのですが、そこでお世話になったんです」


 ラグナはリコを連れてくるように兵士に頼んだ。

 しばらくすると、ラグナたちの元にリコが現れる。


「リコ! 久しぶりだ」

「……どうやら無事に辿りついたみたいだね、ラグナ様。それと……」


 リコはラグナへの挨拶を軽く済ませた後、リーンに向き合った。


「初めまして、リーン王妃。私はリコと申します。ラグナ王子とはリングルートで出会い、脱出の手引きをさせていただきました」

「僕は彼女のおかげでリングルートから脱出できたようなものなんです。彼女には感謝しても足りないほどです」

「まあ、そうでしたの。リコ殿、ラグナの命を救ってくださり、ありがとうございます」


 リーンは深々と礼をする。


「顔を上げてください、リーン王妃。私はそんな大層なことはしていないので」

「ところでリコ。ノヴァはどうしているんだ?」


 ラグナがノヴァの所在を尋ねると、リコは顔を曇らせて答えた。


「……実はノヴァさんはリングルートに捕えられてるの」

「何だって!? どういうことだ」

「あの後、私とノヴァさんはシルフ兵と戦ってたんだけど、その後リングルートの自警団が来てシルフ兵と抗争になったんだ。で、私はその隙に逃げようと思ったんだけど、自警団によって街の扉が封鎖されてしまったの。仕方ないからしばらく街にとどまってたんだけど、シルフ兵と自警団の戦いは2日ほど続いた。だけどその後、今度はオラシオン帝国の兵が港に来て、瞬く間にリングルートを制圧しちゃったのよ」


 リコはリングルートでの戦いを語る。


「確かに、私たちの元にも彼女の言ったことと同じ情報が流れてきました。それだけではありません。リングルートのみならず、サンノトーレとロンダゲートの街も制圧されてしまいました」


 リーンが補足説明をする。サンノトーレの街は南方大陸との交流がある都市で、ロンダゲートは北方大陸と交流がある都市となっている。この三つの街の町長が協力して商業共和国を統治しているのだ。


「そんなことが……。既に三つの都市が制圧されていたのか」

「シルフ、オラシオン連合軍は商業共和国のほとんどを制圧しています。となれば次の標的はこのラゼルド王国。王は今後の対策を練るために、ヴィクリード帝国に行って力添えを得ようとしているのです」


 ラゼルド王国の現在の兵力では、シルフ、オラシオン軍を止めることはできない。このまま戦っても敗北を目に見えている。


「なるほど、せっかくラグナ様がラゼルド王国へ亡命してきても、今度はラゼルド王国がピンチになってしまったというわけですね」

「ええ。ただ、連合軍はしばらくは商業共和国の制圧に力を注いでいるようで、まだラゼルド王国は標的になっているわけではありません」

「しかし、時間の問題というわけですね……」


 事態はかなり深刻なところまで来ていた。


「……とにかく、今は王の帰還を待つことしかできません。ラグナ、今日は疲れたでしょう。ゆっくり休んでくださいね。リコ殿もよかったら今夜は我が城で休んでいかれてはいかがでしょう」

「いや、そんな恐れ多いことは……」

「遠慮はなさらずに。ラグナを助けてくれた恩もあるわけですから」

「リコ、遠慮はいらない。今日一日くらいはいいんじゃないか」

「……そこまで言うなら、お言葉に甘えて」


 これ以上断っても話が進まないと思い、リコは提案を受け入れることにした。

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