第22話 別れ

 数日後、ラグナたちが泊まっている宿に報せが来た。


「ラグナ様いらっしゃいますか? イズナ将軍がフロント前でお待ちです」

「イズナ将軍って?」

「ラゼルド王国の将だよ。僕も一度だけ会ったことがある。姉上がラゼルドの将で最も信頼を置いている方だよ」


 ラグナがフロント前に向かうと、そこにはイズナ将軍が待ち受けていた。


「ラグナ様、お久しぶりです」

「お久しぶりです、イズナ将軍。あなたが来てくださったということは、姉上に連絡がついたということですよね」

「はい。リーン様はラグナ様のご生還を大変喜ばれていました。直ちに迎えにいくようにと大急ぎでここまで来た次第です」

「ありがとうございます。すぐに準備を整えてきますので、少し待ってくださいますか」

「はい」


 ラグナは大急ぎで自室へ戻った。


「迎えが来たか」


 戻ってきたラグナに、シュウが尋ねる。


「うん。準備をして王都に向かうよ」

「そっか。じゃあ私たちはここでさよならだね」


 アカネは少し寂しそうに言った。


「……そうか。もうラゼルド王国まで辿り着いたんだし、これ以上君たちの世話になるわけにもいかないな」

「ま、王都からの護衛が来たならもう大丈夫だろ。万が一のときはお前も戦えるしな。これからどうするかはわからないが、頑張れよ」


 シュウがラグナの肩に手を置き、励ます。


「じゃあまた縁があったら。リクトくんとミソラちゃんもさよなら、二人とも仲良くね」

「ああ。二人には感謝してる」

「……悲しいけど、二人に無理言っちゃ悪いもんね」


 リクトもミソラも、決して表情には出さないが寂しそうだ。

 シュウとアカネは名残惜しそうに部屋を出て行った。


「君たちはどうするんだ? もしよければ、僕と一緒に行かないか」

「ありがたいけど、俺たちじゃ場違いだから遠慮しとくよ。どうしようか、ミソラ」

「とりあえず、街を歩き回りたいな。しばらくはその後については考えなくてもいいんじゃないかな」

「まあそうか。幸い金も山賊のアジトで得たから充分にあるしな。ラゼルド王国に来るのは初めてだし、少し観光でもしていくか」


 リクトたちも準備を整え始めた。


「……君たちとも、ここでお別れだね」


 ラグナの表情が切なくなる。


「ああ」

「君たちがいてくれたから、僕は無事ここまで辿り着けたんだ」

「よせよ。俺たちは特に何もしていないぜ」


 真っ直ぐ礼を述べるラグナに照れるリクト。


「そんなことはない。助けてもらったこともそうだけど、何より僕と友人になってくれたことに感謝しているんだ」


 ラグナはまっすぐリクトたちを見つめる。


「だから、君たちには感謝してもし足りない。いずれ必ず何かしらの礼をしたいと思っている」

「そんなの別にいいよ。でも一応聞いておくけど何をしてくれるんだ?」

「それはわからない。今の僕ではお金も地位も名誉もないから、何もできない」

「そんな恩着せがましくしなくてもいいぞ。お前には自分の人生があるんだから」


 リクトは笑って答えた。ラグナは話しながらも準備を整え終えていた。


「じゃあ僕はこれで行くよ。いい加減待たせすぎてしまっているしね。じゃあ二人とも、さよなら」

「ああ。また会おうぜ」

「ラグナ様。……さよなら」


 リクトは笑顔で送り出したが、ミソラの顔は曇っていた。

 ラグナはそんな二人を尻目に、部屋を後にした。


「お待たせしました」


 ロビーで待っていたイズナに声をかける。


「いえ。では王都へ参りましょうか」

「はい。あ、それと別室にいるロクスという男も一緒に連れていきたいのです。実はその男は過去にラゼルド王国に仕えていたと言っているので」

「……わかりました。事情は後でお伺いいたします」


 ラグナはイズナに連れられ、ラゼルド王国の王都へと向かった。




 場所は変わってシルフ王国。

 数か月前まではイザード王家によって統治されていた国だったが、現在では有力諸侯の一人であるクリス・カートナーが治めている。


「ダスター、ラグナの件はどうなっている?」

「はっ、報告によれば、ラグナ王子はラゼルド王国への入国を果たしてしまったと」

「ふん、逃がしたか。まあいい、奴はしばらく放置しておけ。それよりも、『狩り』の方は進んでいるか?」

「順調です。本日ようやくハミル公を捕らえ、城も制圧いたしました」

「ハミル公か。ここへ連れ出せ」


 クリスの命令で、ハミル公エドワードが連れ出されてきた。


「クリス、貴様どういうつもりだ!」

「これはハミル公。ご機嫌がすこぶる悪いようですね」


 クリスはエドワードを挑発する。


「平民の出である貴様ごときが国を治めるなど言語道断。今すぐその玉座から離れろ!」

「その平民出身の男に成す術もなく国を制圧されたあなたたちは、果たして存在価値などあるのでしょうかね」

「何だと!」

「碌に力もないのによく吠える。醜いことこの上ない。もういい、首をはねてカラスの餌にでもしておけ」

「クリス、待て……」


 エドワードはクリスに対して何かを言おうとしていたが、その途中でダスターが首をはねた。クリスはその様子を眉一つ動かさずに見守っていた。


「ハミル公の息子は?」

「捕虜にしております」

「年齢はいくつだったか」

「まだ10にも見たない子どもです」

「よし、なら『施設』に送還して教育をさせておけ」


 『施設』とは、有力諸侯の子供たちを一か所に集め、反乱や抵抗を起こさせないように徹底的に教育を施す場所である。現国王であるクリスに反抗しないように従順になるまであらゆる手段を用いて教育をするため、貴族たちの間では地獄と呼ぶにふさわしい場所と呼ばれている。


「クリス様、帝国から軍師殿が来られております」

「……通せ」


 しばらくして、帝国の軍師が王の間へ現れた。


「これは軍師殿。本日は何用で?」

「いや、『貴族狩り』の方は進んでいるのかを確認しにな」

「ええ、おかげさまで着々と進んでおります」


 クリスが王座についてから、シルフ王国内では有力諸侯たちが次々と捕らえられ、捕虜もしくは処刑にされている。これらの行為を人々は貴族狩りと呼んでいた。この貴族狩りは、帝国から協力者として送られてきた軍師が考案したものだった。

 有力諸侯を処刑することで、シルフ王国への反乱を企てる人物を出させないようにするための策だ。そしてその子供たちは『施設』に送って教育をさせ、優秀な子は帝国へ送還して働かせるという契約になっている。


「これで、貴公に反乱しようとする人間は全て対処したか」

「いえ、まだ肝心の王族であるラグナが生きております」

「ラグナ王子か。聞いたところではラゼルド王国への入国を成功させたらしいな」

「はい。流石にラゼルドに入国されてはこちらも容易には手出しできませぬ」

「ま、このまま一生をラゼルドで過ごすならそれでよし、もしもシルフ王国の奪還を企てているようなら……」

「無論、始末致します」


 クリスは冷たい瞳で言い放った。


「ふっ、そうか。一度は引き受けた仕事だ。こちらもできる限り協力したいと思う」

「ご尽力くださりありがとうございます」

「では次にやるべきことを授けよう。次は……」




 リクトたちと分かれた後、シュウとアカネはラゼルド国内をただ歩き回っていた。


「よし、買い物はこんなものかな」


 アカネは買い物を済ませると、店の外で待っているシュウと合流した。


「お、終わったか」

「ええ。じゃあ行きましょ」


 シュウはアカネの荷物を半分持った。


「そういえば、さっき店の主人に聞いたんだけど、団長がこの国にやってきているみたいよ」

「本当か! どこにいるんだ?」

「この先の酒場だって」

「よし、じゃあ久々に顔を出しに行くか」

「そうね」


 シュウたちは一路酒場を目指して歩き始めた。




 ラグナが部屋から出た数刻後、リクトたちも旅立ちの準備を終えていた。


「さて、どこに行こうか」

「この町周辺はもう一通り周ったし、今度は遠出してみようよ」

「そうだな」


 リクトは地図を広げ、行き先を決めることにした。


「東の方に遺跡があるようだ。距離はここから二日ほどだし、行ってみるか」

「うん! 遺跡楽しみだなぁ」


 ミソラも興味深々なようだ。


「じゃあ早速出発だ!」

「おー!」


 リクト兄妹は元気よく出発した。

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