第13話 西方大陸と東方大陸
とある町に辿り着いたリクト一行。
「もう日も暮れてきたし、今日はこの町で一泊過ごすか」
「じゃあ私とミソラちゃんは買い物に行ってくるわ。そろそろ携帯食や衛生用品が尽きてきたし」
「早速行ってきます!」
ミソラとアカネは買い物に向かった。
「なら俺は宿の手配に行ってくる。金に余裕があるわけじゃないし、安いところでいいよな」
「ああ」
「じゃあまた後でな」
リクトは5人分の宿の手配へと向かった。
「じゃあ俺たちはどうするか」
残ったのはラグナとシュウ。
「情報を集めよう。町に来るのは久しぶりだし、世界の情勢も変わってるかもしれない」
「そうだな」
二人は情報収集を行うことにした。
シュウがラグナを連れてやってきたのは、とある傭兵ギルドだった。
「ここは?」
「傭兵ギルドだよ。傭兵を始めたての頃は、ここで仕事を斡旋してもらうのが当たり前になっている。こういうところでは有用な情報も手に入りやすいんだよ」
そう説明しながらも、シュウはギルドの受付に向かう。
「よう」
「シュウか。久しぶりだな」
どうやらシュウとは顔なじみのようだ。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「何だ?」
「少し前に、リングルートで乱が起きたろ。その情報を詳しく知りたいんだけど」
「ああ、あれか。乱というよりはいざこざみたいなもんだが」
受け付けは資料を探し出し、シュウたちに見せた。
「これだな。約一か月前に起きた事件だ。何でも、シルフ王国でクーデターが起きて、シルフ王子が東方大陸に亡命してきたことがきっかけになっているとか」
「へえ。それで、どうなったんだ」
「どうやらまだ王子は見つかってないみたいだ。王子を探すためにシルフ兵が町中を捜索したり、商業共和国内に指名手配をしてるみたいだな」
「そんなことになっているのかよ。商業共和国はそれを許しているのか?」
ラグナが指名手配になっていることは旅で何度も街によっていたので、ラグナ達は既に知っている。シュウはあえて知らないふりをして情報を探ろうとしているのだ。
「そこに関しては、裏があるようなんだ。リングルートでのいざこざの際にも、シルフ兵が町の住人を切り殺していたという目撃情報が出ている。こんな横暴な出来事を、商業共和国が許すはずはないと思うんだがな」
「裏というのは?」
「……これは噂に過ぎないんだが、今のシルフ王国にはオラシオン帝国が背後についているらしい」
その言葉を聞いたラグナとシュウは驚愕の表情を浮かべた。特にラグナにとっては衝撃的なことだった。
「根拠はあるのか?」
「この前仕事を紹介した傭兵から聞いたんだが、現在のシルフ王国を取り仕切っているクリス・カートナーが起こしたクーデターはオラシオン帝国の軍師の入れ知恵があったらしい」
「何だと?」
「つまり、クリスはオラシオン帝国の軍師からクーデター計画を授かり、実行したということになる。オラシオン帝国がシルフ王国のクーデターに手を貸すなんて、にわかに信じられんがなあ」
それはシュウも同感だった。しかし、ラグナには思うところがあるようだ。
「リングルートでのいざこざも、オラシオン帝国が仲介に入って和議を結んだらしい。その和議で街中で起きた争いは全てチャラになった、というわけだ」
「帝国の力が関与してたのか。どうりで街中に指名手配が溢れているわけだ」
「他に情報は?」
ラグナが低い声で尋ねる。
「その和議の結果、商業共和国は不用意な争いは起こさないことを条件としてシルフ王子の国内捜索に関しては目をつぶることになったらしい。その代り手も貸さないことになっているがな」
「つまり中立の立場になっているというわけか……」
ラグナたちにとっては、商業共和国にシルフ兵を国から追い出してもらいたいと思っていた。しかし現実は真逆となっている。最悪な状況というわけではないが、好ましくないのは確かだ。
「なるほど、リングルートでのいざこざについては理解できた。情報提供ありがとな。また立ち寄るぜ。おい、いくぞ」
「あ、ああ」
必要な情報を手に入れると、ラグナ達はギルドから立ち去った。
その夜、ラグナ達は宿でリクトたち三人と情報を共有した。
「そんな裏があったとはね」
「なあ、前々から思っていたんだが、オラシオン帝国ってのはどんな国なんだ?」
疑問に思ったリクトに対し、ラグナが簡単に説明する。
「オラシオン帝国帝国は西方大陸、いや世界最大の国家といってもいい存在なんだ」
それだけではなく、残っている文献などによると、オラシオン帝国は世界で最初に建国された国家でもあるという。
国土の広さはもちろん、軍事力や人口、経済、技術などあらゆるものが高水準となっており、その国力に匹敵する国家は存在しないといわれているほどだ。
「そんな大きな国なのか。でも、どうしてオラシオン帝国はシルフ王国のクーデターに力を貸しているんだ?」
リクトが素直な疑問を口に出す。
「……多分だけど、貸しを作っておきたいんだと思う」
その問いにはラグナが答えた。
「貸し?」
「うん。オラシオン帝国の目的はおそらく、再び国を統合することなんじゃないかな。だからこうやって貸しを作っておくことで、宗主国であるということも相まってシルフ王国はオラシオン帝国の軍門に入らざるを得ない状況を作ろうとしているんだと思う」
「どういうことだ」
リクトはいまいち状況を理解できていない。
「その話をするには、まずは西方大陸の歴史から話そうか。さっきオラシオン帝国が世界で最初に出来た国家であるといったよね」
「ああ」
「元々、西方大陸には国が一つしかなかった。けど今はオラシオン帝国を含めて5つの国があるんだ」
オラシオン帝国が創られた当初は、帝国の名前ではなく王国の名を使用していた。
現在の西方大陸には、帝国として実質西方大陸を支配しており、大陸の中央部に位置するオラシオン帝国と、ラグナの故郷であり、大陸の南東に位置するシルフ王国、西方大陸北部に位置するサラマ王国、大陸の南西に位置するグノム王国、そして大陸の東に位置するフィーネ王国の5つが存在している。
「これらの国が成り立つきっかけになったのは、とある事件が起きたからなんだ」
「事件って?」
「大陸歴472年のあるときだった。当時のオラシオン王国の第三王女サビーネが、オラシオン王国に従っていた三つの公国と手を結び、国の実権を握ろうと戦争を仕掛けたんだ。しかしその戦いは呆気なくオラシオン王国の軍によって鎮圧されてしまったんだ」
サビーネが起こした乱の後、オラシオン国王はサビーネを処刑せずに捕え、これ以上王族が王権を巡って争いを起こさないために、サビーネを含めた四人の王族に領地を与え、国を作らせた。第二王子のマルクスがサラマ王国、第一王女のミルティンがフィーネ王国、第四王子のモーゼルがグノム王国、そして第三王女のサビーネがシルフ王国を創り上げた。
言うまでもないが、第一王子であるメルヴィンはオラシオン王国を継いでいる。
「西方大陸には王国が一つしかないから、この機会に他国を作らせて置き、今後起こり得る王家滅亡の危機を回避するために、王族の血を分散したんだ。国が一つしかなかったら、もし民の反乱なんかがあって王族全員が処刑されてしまったら、王家の血が途絶えてしまうからね。分散させることで、仮にオラシオン王国が滅びてしまっても、他の四国の王族がオラシオンの血族だから、王位継承権を所持しているため後継者は存在することになる。ただし、そこには一つ問題があった」
それは、王位を誰が継ぐかということだ。普通に考えれば、サラマ王国初代国王でかつ当時のオラシオン王国第二王子のマルクスの血族を持つ王家が引き継ぐべきだが、他の三国がそれを良しとするかどうかはわからない。
「それなら、五つの国が創られるときにオラシオン国王があらかじめ決めておけばよかったんじゃないか。例えば、オラシオン王国が滅びてしまった場合、王位継承権はサラマ王族が有する、みたいに」
「もちろんその考えはあっただろう。しかし、オラシオン国王はあえてそれを名言しなかった。もし仮にサラマ王族に王権を委ねた場合、サラマ王国がその権利を使用するためにオラシオン王国と戦争をする可能性があったから。他にも、サラマ王国が持っている権利を手に入れるために、他三国がサラマ王国と戦争をする可能性も考えられる」
「……そこまでして、人間は王権を欲しがるのか? 俺には理解できん」
納得できない、という表情でリクトは呟く。
「王権を手に入れれば、国民を自分の意のままに操ることができる、と考えている諸侯は多い。だからこそ、領地を手に入れるための争いは絶えないんだ」
「仮に領土を手に入れたとしても、国民を統率する責任を負わなければならないだろ。国民が不満もなく豊かに生活できるようにするための責を、俺なら背負うなんてことはできない。荷が重すぎるよ」
「大小問わず、貴族は普段から民を統率していく責務を果たしているから、君が考えているようなプレッシャーを感じていないのかもしれない。だからこそ、自分ならもっと良い国を作れるという自信を持つことが出来るんだと思うよ」
この考え方は、平民と貴族の違いなのかもしれない。
「話を戻そうか。四つの国が出来た後、オラシオン国王は四つの国の成立を認める代わりにオラシオン王国に従することを条件とした。従するといっても、絶対服従というわけではなく、あくまでも反乱を起こさせないための約束事だ。特にサビーネは動向が疑われているから、尚更決まりをつける必要があった。そしてオラシオン王国をオラシオン帝国と改め、初代皇帝に第一王子であるメルヴィンを即位させた」
以後、西方大陸は2000年以上現在の国家の在り方を存続させている。オラシオン帝国はこれまで一度も滅びずに国を保ってきた。
「国が五つに分かれるときに、オラシオン国王はそれぞれの国家に対してあるものを贈呈した」
「どんなものだ?」
「剣だよ。オラシオン国王はそれぞれの国の名前にちなんだ剣を与えた。四人の王子たちは、国の名前をつける際にそれぞれの領地の特徴を入れた。サラマ王国は火山が多く存在しているから火の名前を、フィーネ王国は水源豊かな領地だから水の名前を、グノム王国は土に恵まれ、作物が豊富に育つことから大地の名前を、そしてシルフ王国は心地よい風が吹くことから風の名前を入れているんだ」
「なるほど……」
「オラシオン国王が与えた剣は、北方大陸の高等技術が使われていて、不思議な力を宿しているらしい。何でもその剣にはエルフの血と王族の血が練りこまれていて、特殊な魔力によって絶大な威力を発揮するとか」
「エルフ!? 本で見たことあるけど、架空の存在だろ。そんな血が練りこまれているなんてとても信じられん」
「正直僕も同感だよ。僕もシルフ王国に伝わる剣に触れてみたけど、特に普通の剣と変わりはなかった。兄上も父上も同じだと言っていたよ」
結局、そんなものは長い歴史を積み重ねていくうちにねつ造された話だ、とラグナは言う。
「後は剣と一緒に王家の紋章も授与された。それが現在の国章にもなっている」
「そうなのか」
「というわけだから、シルフ王国は元々はオラシオン帝国から独立した国なんだ。だからオラシオン帝国は再び国家を統一しようとしているのかもしれない」
「国家を統一させたとして、それでどうなるんだ?」
「国が統一されれば、四国の国力を使うことができる。わかりやすいもので言えば、軍事力だね」
ここまで言えば、流石のリクトも理解した。
「まさか……」
「多分、オラシオン帝国はまた東西戦争を始めようとしているんじゃないかな。公式上では和解したとされているけど、聞いた話ではオラシオン帝国はまだヴィクリード帝国に対して良い印象を持っていないみたいだし」
「また戦争を起こそうとしているのか……。もう嫌になるな」
有り得る未来を想像して、リクトはうんざりとした表情を浮かべた。
「というか、シルフ王国が今のように東方大陸でいいように活動しているのに、ヴィクリード帝国は何も言ってこないのか?」
ヴィクリード帝国は、東方大陸にある国で最も強大な国である。世界最大の軍事力を持つ国とも言われており、軍事力だけならオラシオン帝国以上とも評されている。
「ヴィクリード帝国も東西戦争があったから、迂闊に他国への干渉をしないようにしているんだろう。それにシルフ王国と商業共和国の間では公式上では話がついているんだし、他国であるヴィクリード帝国が口出しすることではないだろうしな」
「じゃあ、当てにはならないということか……」
「ラグナ様の身を安全にするには、やはりラゼルド王国に行くしかない。後ひと月もあれば着くだろうから、もう少しの辛抱だな」
「後ひと月か……」
目的地までもう少し。この事実が、ラグナを奮起させる。
「よし、今日はもう寝ましょうか。明日も朝早くから出発する予定だし」
「そうだな」
「じゃあ私とミソラちゃんは部屋に戻るわね。おやすみー」
「おやすみ、お兄ちゃん」
「ああ、おやすみ」
ミソラは眠たそうに瞼を擦りながら部屋を後にした。
「俺らも寝ようぜ。今日はペースを速めて歩いたから疲れたろ」
「そうだな。じゃあ二人ともおやすみ」
シュウとリクトはベッドに横になる。
「……」
ラグナは複雑な思いを抱きながらも、就寝するのだった。
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