第12話 特訓

「よし、じゃあ特訓を始めるぞ」


 旅に出てから、リクトとラグナはシュウとアカネから戦闘の指導を受けることになっていた。リクトはシュウに、ラグナはアカネから教わる手筈だ。


「ここら辺でいいかな」


 訓練に最適な広い場所までついたリクトたちは、早速修行を開始する。


「じゃあまずはどこまで斧が使えるかを見てやる。どんなに不格好でもいい。俺に攻撃を仕掛けるんだ。もちろん本気でな」

「ああ」


 リクトは斧を構え、シュウに対峙した。戦闘のやり方がわからないリクトは、とりあえず斧を構えてシュウに向かって走り出した。

 だが、斧をシュウに向かって振り出した瞬間に前に倒れそうになった。勢いがつきすぎて斧に振り回されてしまったのだ。


「うわっ」

「おっと」


 倒れそうになるリクトを、シュウは斧を放り捨てて支える。


「大丈夫か?」

「ああ。ごめん」


 リクトは体を起こした。


「気にすんな。で、どうだ。やっぱ普段使っている斧と違っただろ」

「確かに」

「お前は筋力自体はあるみたいだが、その使い方がまるでなっちゃいないんだ。せっかくいいもん持ってるのに、それじゃあもったいねえ。だから、まずは力の使い方と斧の振り方を教えるぞ。それを覚えれば、お前はパワーで負けるなんてことはなくなるはずだ」


 シュウはリクトを立たせた後、リクトの後ろ側に回り、斧の持ち方を教えた。


「まず、お前が使ってる両刃斧は、まあその名の通り刃が両方についているんだ。だから重心は片刃に比べれば安定するんだが、その分重くなる。さっき振ったときに倒れそうになったのは、腕の力だけで振っていたからだ。基礎ができていないうちにそういう戦い方をすると、変な癖がついちまう」


 重心が先端に集中する斧は、振ったときの反動が大きい。威力は高いものの、攻撃した後の隙が大きくなってしまう。それをどうやって最小限に抑えるかを考えなければならないのだ。逆に言えば、斧を使っていて隙が少ないのならば、相手は相当の斧の使い手ということになる。


「反動に負けないようにするには簡単だ。斧を振った瞬間に下半身に力を入れる。斧に振り回されないように踏ん張るんだ。最初はそれを同時にやるのは難しいだろうけど、これは慣れれば簡単にできるようになる。コツとしては、体重を分散させる感じだ。腕と下半身にな」

「体重を分散……」


 シュウの助言を参考に、リクトはもう一度斧を振ってみた。少しふらつきはしたが、先程よりは安定して振ることができた。


「どうだ、少しはましになっただろ」

「ああ。まだ少しふらつくけど、感覚は分かった気がする」

「よし、そのまま振り続けてみろ。今日はまずその感覚を覚えてもらうぞ」


 その後も、リクトは斧を振り続けた。回数を重ねるほど、安定も増してきた。いくらか時間が経ったところで、本日の訓練は終了となった。


「よし、今日はもう終わりだ。ずっと斧を振りっぱなしで疲れたろ」

「うん。でも、これくらいなら農作業の方がきつかったかな」

「お前、結構体力あるんだな」

「まあな。毎日朝から晩まで働いてたから」

「だが、無理は禁物だ。とりあえず今日は休もうか」

「ああ」


 リクトたちは皆がいる場所へ戻った。


「リクト。修行は終わったのかい?」

「ああ。そっちは?」

「僕も本日は終わりだ。やはりアカネはすごいよ」


 ラグナの様子をよく見てみると、彼は汗まみれになっていた。相当の運動量だったのだろう。


「ラグナ様は剣の嗜みがあるだけあって、物覚えが早いわ。この調子ならすぐにでも戦場で活躍できそう」

「リクトはまだ早いかな。今はまだ基礎を磨く段階だ」


 王族として剣を学んでいたラグナと、武器などろくに扱ったことのないリクトでは現時点での実力は違って当然だ。しかし、リクトはその現状に今一つ納得できていなかった。


「俺も早くラグナやシュウたちに追いつきたいな」

「まあそう焦るなよ。先を急いでちゃ上達するものもしなくなっちまうぞ」

「それはわかってるけど……」


 どうやら腑に落ちていないようだ。


「……やっぱり、もうちょっと素振りしてくる。無理をしなきゃ大丈夫だろ」

「その前に、一つ聞いておきたいことがある」

「何だ?」

「お前は何のために力を欲して強くなろうとしているんだ?」


 シュウは真剣な眼差しでリクトに尋ねる。


「決まっているだろ。ラグナやミソラを守るための力を手に入れるためだ。俺が強くなれば、二人を危険な目に合わせずに済む。ただそれだけだ」


 リクトははっきりと答えた。


「……わかった。どうせ止めたって訓練しにいくんだろ。だったら気のすむまでやってこいよ」

「すまない。じゃあ行ってくる」


 そういってリクトは素振りをしに行った。


「なんかリクト君、旅をし始めてから少し変わったような……」

「同い年のラグナ様に先を越されてて焦っているんだろ。自分のペースで強くなればいいんだが、これは本人が気づかなきゃなあ……」

「ラグナ様はどう思う?」

「……強くなりたいというリクトの気持ちはよくわかるよ。僕も負けてられないな」


 そういうラグナの目はどこか寂しさと不安が垣間見えた。


 一方のリクトは、少しでも早く強くなるために切羽詰まった表情で斧の素振りを行っていた。


(もう二人を危険な目に遭わせたくない。そのためには、俺が強くならなきゃ……)


 リクトはシルフ兵と戦ったときのことを思い出していた。


(あの時は、偶然が重なって勝利することができたし、三人とも無事でいられた。もし自分の思惑通りに事が進まなかったら、俺が気絶した後にシュウたちが来なかったら、俺とミソラはとっくに死んでいて、ラグナはシルフ王国に連れ戻されていたはずだ)


 有り得た未来を想像して、自分の不甲斐なさを知る。


(俺が強くなれば二人を守ることができる。そうだ、俺がもっと力をつければ……)


 そう心で思いながら黙々と斧を振り続けるリクトの目はどこを見ているのか、誰も知る由もなかった。

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