第11話 これからの方針と旅立ち

「う……ん」


 ラグナが目を覚ますと、辺りはすでに暗くなっていた。


「ん、起きた?」

「アカネさん。僕は一体どれくらい寝ていたのですか」

「んー、大体10時間くらいかな」

「そんなに寝ていたのか……」


 ほとんど休まずに歩き続けたのだから、無理もない。


「もう疲れはとれた?」

「まだ体の節々が痛いですが、ある程度は取れましたよ」

「そう。ミソラちゃんはまだ寝ているし、あなたももう少し寝ていてもいいけど」

「でも、あなたは寝ないのですか」

「心配してくれるのは嬉しいけど、私が寝ちゃったら誰が見張りするの。またシルフ兵が来るかもしれないのに」


 剣の嗜みがあるとはいえ、実戦経験に乏しいラグナでは見張り約には心もとない。


「……わかりました。なら、もうリクトたちのもとへといきましょう」


 そういうとラグナは立ち上がり、出発する準備を始めた。


「もう休まなくていいの?」

「ええ、リクトの様子も心配ですし」

「でも、ミソラちゃんはまだ寝てるけど」

「僕が担いでいきますよ。アカネさん、僕の分の荷物を持ってもらえますか?」

「それは別に構わないけど」


 ラグナはぐっすり眠っているミソラを担ぎ、歩き出す。


「リクトたちがいる町はここから数時間と言っていましたよね。具体的にはどれくらいかかりそうですか?」

「ゆっくり歩いても、だいたい六時間あれば到着するかな。明日の朝早くには到着できると思うわ」

「わかりました」


 もう他人に甘える自分は終わりだ。この兄妹にはずいぶん助けられた。今度は自分が助ける番だ。

 そう決意したラグナは、今の自分から変わるための第一歩を踏み出した。




「……ん」


 朝の光が目に入ったリクトは、ベッドの上で目を覚ました。


「……ここはどこだ?」


 辺りを見渡してみる。病室のようだが、リクトはここに来た記憶はない。


「って、ラグナたちはどうなったんだ!?」


 ようやく頭がはっきりしてきたのか、リクトは二人の安否を確認する。


「お、起きたのか」


 と、そこへ傭兵のような姿をした男が姿を現した。


「……あなたは?」

「俺はシュウ。お前をここまで運んできたんだ」

「あの、俺の他に同い年くらいの金髪の少年と、このくらいの背の女の子はいませんでしたか?」


 リクトはミソラの背丈を手で説明した。


「ああ、彼らならもうすぐこの町に着くと思うぞ。それより、まずはこれまでの状況を理解しておくべきだな」


 シュウはリクトが気絶してから起きた出来事を簡単に説明した。


「……なるほど、じゃあラグナたちは無事なんですね」

「ああ。だが、お前はそうじゃない」

「え?」


 シュウのその言葉に、リクトは不安になる。


「腹部を剣で貫通されているんだ。しばらくは安静にしろって医者が言ってたぞ」

「でも、後遺症とかはないんですよね」

「幸いな」


 その言葉を聞いて、リクトはほっとした。


「喜んでる場合じゃねえぞ。聞いたところ、お前戦闘の素人みたいじゃないか。一歩間違えれば死んでいた可能性だってあるんだぞ」

「……それは」

「友を守るためとはいえ、そう軽々と命をかけちゃいけない。お前には小さい妹もいるんだしな」

「……そうですね」


 リクトは自分の行動を反省する。


「詳しくは後で聞くことにするが、お前たちがなぜそんな状態で旅をしているのかも知りたい。話してくれるな?」

「……ラグナが良いというなら」

「そっか。じゃあ仲間がつくまで時間があるから、もう少し寝ておけよ。俺はこの部屋にいるから、何かあったらいつでも呼んでくれ」

「わかりました。ではもう少し寝ておきます」


 そういうとリクトは再び横になった。




「ようやくついたわね」


 歩くこと数時間、ラグナ達はリクトたちが待つ町に辿り着いた。休憩をはさみつつ歩いてきたが、予定より少し早く町に辿り着くことができた。


「宿はどこにあるんですか?」

「こっちね」

「お兄ちゃん大丈夫かなあ……」


 ミソラも心配している。リクトの怪我は腹部を貫通していたのだから無理もない。

 宿に着いたラグナたちは、受付でリクトたちが宿泊している部屋を尋ねる。


「この部屋にいるみたいね」


 扉を開けて中に入ると、そこには安らかに眠っているリクトとその様子を見守っているシュウの姿があった。


「ん、もう着いたのか。ずいぶん早いな」

「夜通しで歩いてきたからね。それより、彼は大丈夫なの?」

「命に別状はないみたいだが、しばらくは安静にしてろってさ」

「そうか。よかった……」


 その言葉を聞いたラグナとミソラはほっとした。


「お前ら二人も休んだらどうだ。夜通し歩いたんなら疲れてるだろ」

「そうですね。では少しだけ」


 二人は近くにあった椅子に座る。


「リクトが起きたら、お前たちの身の丈の話や、一体何が起こったかなどを話してもらうぞ」

「ええ。ここまで助けてもらったので、彼が起きたら話したいと思います」

「いや、もう話そうよ。俺も目が覚めたからさ」


 と、リクトが体を起こして言う。


「リクト! もう大丈夫なのか」

「ああ。ずいぶん寝たし、体力は戻ってるよ。後は怪我を治すだけだな」

「そうか……」

「ラグナ、無事でよかった」

「それはこちらのセリフだよ」


 二人はお互いの無事を喜び合う。


「さて、寝起きのところ悪いが話してもらおうか」

「お前はいいのか、ラグナ」

「構わない。もう彼らも無関係ではなくなってしまったし」


 そういうとラグナはこれまでの経緯を話し始めた。


「……なるほどな。お前たちはずいぶん苦労してきたんだな」


 ラグナたちの経緯を聞いたシュウは神妙な表情を浮かべる。


「シュウ、どうするの?」

「正直、お前たちでラゼルド王国へ向かうのは厳しい。この前みたいに、道中で敵と交戦することだって考えられるからな。だから、俺たちもついていこう」

「いいんですか? 僕たちにとっては願ってもないことだが、あなたたちにも事情があるのでは……」

「別に。俺たちは傭兵だから、旅をしながら仕事をすることだってできる。生きてさえいればいいんだよ」

「そんなものなのか……」


 リクトはシュウたちの生き様に感心した。


「それに、あなたたちも心配だしね。私もシュウも、困っている人を見ると放っておけないのよ」

「珍しいですね」

「むしろ、困っている人を放っておけないからこそ傭兵になるんじゃないのか。俺たちはそう思ったから傭兵になったんだが」

「そう考えているのは少数だと思いますよ。ほとんどの人は、金を稼ぐために仕方なくやっているでしょうし」


 シュウたちの思想がマイノリティであることはリクトも何となく感じている。


「とにかくだ。そういうことだから、少なくともラゼルド王国に辿り着くまでは同行してやるよ」

「これからよろしくね、三人とも」


 アカネが手を差し出す。その手を、ラグナはしっかりと握った。


「こちらこそ。ところで、お二人にお願いがあるのですが」

「なんだ?」

「僕たちに戦いの修行をつけてほしいんです。これからも戦闘は避けられないだろうし、その際に自分の身を守る手段がほしい。そうだろう、リクト?」

「……ああ。俺も頼もうと思っていた」


 どうやら二人の意思は同じだったらしい。


「修行か。確かに、旅の途中で俺らが死ぬ可能性もあるしな。そのときにお前たちだけになって戦闘ができませんじゃ不安にもなるわな。いいぜ、俺たちで良いなら」

「助かります」

「じゃあ、そうと決まったら旅の準備をするか。リクトの怪我でしばらくはこの町にいなきゃだろうし、その間にできることはやっておこうぜ」


 シュウは皆の前に立ち、これから行う指令を出す。


「まず、アカネは買い出しに行ってもらう。武器や薬、その他の道具など人数分必要になるだろうしな。食料は旅に出る前日くらいでいいだろう。俺は町で情報を収集してくる。リングルートの街でのいざこざがどうなったのかとか、お前たちの仲間の安否とかも気になるだろうしな。後はラゼルド王国の実情なんかも仕入れてくるよ」

「俺とミソラとラグナは?」

「お前は寝てるしかないだろ。体が普通に動けるようになったら武器とか防具を買ってやるよ。ミソラとラグナは、とりあえず今日は休んでおけ。明日以降はアカネの買い物を手伝ったり、リクトの世話を見ていてほしい」

「はい!」

「よし、じゃあ明日から行動開始だ!」




 それから一週間が経った。

 シュウとアカネは18歳ということでリクトたちと年が近いということもあり、出会った当初とは違い友人のように接するようになっていた。

 リクトの怪我は、一週間でほぼ完治といっていいほど回復していた。全治数週間と医者からはいわれていたが、その脅威の回復力には流石に驚いていた。なにせ三日経った頃には既に歩いても違和感がないほどになっていたのだから。

 予想よりも早く回復したため、リクトたちは出発の予定を早めることにした。幸い準備はほとんど完了していたので、後はリクトの装備を軽く整えて出発するだけだ。


「で、お前はどの武器を使用するんだ?」


 武器屋の中で、シュウに尋ねられる。


「俺は、これがいいな」


 リクトはそういって棚に置かれていた斧を取り出した。


「斧か。木こりで使ってたっていってたし、使い慣れてる武器ならいいかもな」

「そうか」

「ただ、木こり用の斧と武器用の斧は使い方が違うから、多少扱い方は変わってくるぞ」


 斧は基本的に、伐採用に特化したものと戦闘用に特化したものが存在する。伐採用の斧を戦闘に使用するのは有用とは言えないだろう。


「木こりの仕事をするときは刃はどうだったんだ?」

「片刃だったな」

「そうか。戦闘で使うなら両刃の方が使い勝手がいいから、これも慣れてもらうぞ」


 両刃の方が、重心も安定しており、刃が両方についているので、攻撃も防御もしやすくなっている。投げ斧などは投げる関係上片刃の方がよい場合もあるので、どういうスタイルで戦闘を行うのかが大事となってくるのだ。


「とりあえずは、一般的に流通しているこの斧でいいだろ。安価で使いやすいし、おすすめだ」

「わかった」

「斧を使っての戦闘のやり方は旅をしながら教えてやるから、覚悟しとけよ」

「望むところだ」




「リクト、もう武器は選び終わったのかい?」


 武器屋の外に待ち構えていたラグナが尋ねる。


「ああ。待たせてすまなかった」

「全然。しっかりと準備をするのは大事なことだからね。もう少しゆっくり選んでもよかったのよ」

「まだ素人のリクトに武器の良し悪しなんかわからないだろ。とりあえず使いやすいものでいいんだよ」

「それもそっか」

「では行こうか。ラゼルド王国へ」


 ラグナは先頭を歩き出した。


「ここからラゼルド王国へはどれくらいの距離なんだ?」

「どうだろうな。徒歩でいけば3か月くらいか」

「そんなにかかるのか」

「長い旅になるぞ」


 リクトにとって、3か月もの長旅をするのは初めてだ。村を脱出してリングルートに辿り着いたときは1か月くらいの旅だった。


「不謹慎かもしれないけど、少し楽しみだ」

「旅は楽しむことも大事だ。確かに心境的に楽しむことは難しいかもしれないが、常に気を張っていたらもたないからな。時には遊ぶ余裕を持つことも必要だぞ」

「そうだな。楽しみながら旅をしていこう」


 こうしてリクトたち5人の旅が始まった。

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