第9話 決死の逃避

「リクト、大丈夫か!」

「お兄ちゃん!」


 近くにいたラグナとミソラがリクトのもとへ駆けつけた。

 ラグナたちはリクトに呼びかけるが、返事はない。脈を計ってみたら、何とか生きているようだ。


「だが、この怪我では命も危ないんじゃ……」

「ラグナ様、ちょっといいですか?」


 ミソラはそういうと荷物から治療用具を取り出し、リクトに手当てをする。


「治療用の道具を持ってきてたのか」

「お兄ちゃんはいつも仕事で怪我をしてくるから、役に立つと思って。でも出血が激しいから、これで大丈夫かどうか……」


 やれるだけのことはやってみたが、今のリクトには本格的な治療が必要だろう。


「とりあえず、今のリクトは危険な状態だ。急いでどこかで治療をしなければ」


 ラグナはそういうとしゃがみ込み、リクトを抱えた。


「ミソラ、悪いけど僕の荷物を持ってくれないか?」

「は、はい」


 そうして二人はまた歩き出す。

 ラグナもミソラも、身体は疲労困憊だ。しかし、それでも歩みを止めてはならなかった。今疲れたからといって休んでしまったら、リクトの命がけの戦いが無意味になってしまう。


(リコもノヴァもリクトも、僕を逃がすために必死に戦ってくれた。彼らが命をかけてまで、僕が生きる価値はあるのだろうか……)


 ラグナは必死に歩きながらも、自分の生きる意味を考えていた。

 無事にラゼルド王国に辿り着いても、その後の人生はどう過ごせばいいのだろうか。このまま、亡命者として姉夫婦に匿われながら平凡に生きていくのか、それとも……。

 この答えは、誰に聞いても決して返ってこないだろう。


 それから一日が経った。

 歩いても歩いても、先には何も見えてこない。もうラグナもミソラも、体力の限界だった。

 しかし、それでも二人は弱音を吐かない。リクトが今危険な状態になっている中、自分たちが休むわけにはいかないからだ。スピードは落ちてきているものの、休みも最低限にして歩いているので、確実にラゼルド王国には近づいているだろう。

 ようやく森の中をでた二人は、疲れ切った足を休めずにひたすら歩き続ける。平野に出たところで、ミソラがあることに気が付いた。


「あ、ラグナ様これ……」

「え……」


 ラグナが振り返ってみると、そこにはぽつぽつと血が滴っていた。出所はどこなのか、考えるまでもなかった。


「まずい、傷口が開いているのか!?」

「わからないです。ただ、森の中だったから衛生環境も悪くて大した処置ができなくて、もしかしたら……」


 ラグナはリクトを降ろし、状態を確認した。リクトは苦しそうな表情を浮かべている。


「とりあえず、また処置しますね」


 ミソラが荷物から道具を取り出そうとした瞬間、ラグナ達の後ろからシルフ兵たちが現れた。

 疲れ切ったラグナ達は休みも最低限で歩いていたが、スピードは時間が経つにつれて落ちていた。一方のシルフ兵は、体力もさほど消耗しておらず、ペースを保って移動してきたため、ラグナ達に追いついていたのだ。


「見つけましたよ、ラグナ様」

「……お前たち、どうやって」

「仲間の死体があった近くに血痕が残っていましてね。それを辿ってきたらあなたに行きついたのですよ」


 リクトの傷口から漏れ出した血が、シルフ兵の道標となってしまったのだ。


「ラグナ様、我々と同行願います」

「……リクトとミソラはどうなる?」

「残念ですが、彼らはあなたのことを知ってしまった。生かしておくわけにはいきません……といいたいところですが、ラグナ様に免じて放置するだけにしておきましょう」

「待ってくれ、それじゃリクトはどうなるんだ」

「彼らには自分たちで近くの街にでも行ってもらいます」

「な、それじゃ見殺しにしているのと一緒ではないか! 頼む、僕たちを見逃してくれ」


 ラグナは必死に懇願するが、シルフ兵たちは聞く耳を持たない。


「なりません。さあラグナ様、もう行きましょう」

「……万事休すか」

「そんな、ラグナ様……」


 ラグナとミソラは窮地に立たされていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る