第7話 戦闘開始
その頃港では、シルフ王国の船から次々と兵士が降りてきた。
「さて、王子を探すか」
「じゃあ俺たちはあっちの方を探すか」
「頼んだ」
兵士長らしき男が、少数の兵士を率いて街を探索し始める。
残ったもう一人の兵士長のもとに、リクトが仕事で世話になっている男が話しかけにきた。
「おいあんたら、鎧からしてシルフ兵だと思うが、勝手に街を探索するのはやめてくれないか。そもそもこの時間は船は来ないはずなんだが」
「それは申し訳ない。だが、私たちは尋ね者を探している最中でね。悪いが、少しお邪魔させてもらおう」
「おい、こちらがそれを拒否しているんだ。許可もなしに勝手なことをされちゃ、こちとら黙っているわけにもいかないな」
「そうか。なら仕方ないな」
次の瞬間、兵士長は突然男に切りかかった。
「なっ……」
「悪いが、お前たちに拒否する権利はないんだ」
「お前……こんなことして、戦争になりかねんぞ……」
男は血を流しながら、必死に訴える。
「あいにくだが、うちの王はむしろ戦を望んでいるんだ。私たちは乗り気ではないが、王の命令には従わなくてな」
「この、狂人どもが……。いつからシルフ王国は腐っちまったんだ」
それが男の最後の言葉だった。
「さあな。案外狂っているのはお前たちかもしれんぞ」
兵士長は息絶えた男に吐き捨てる。
「……なんか、物騒なことになってるわねえ」
そこに、腰に二つの刀を携えた女剣士が現れた。
「……何の用かな?」
「不法侵入して街を襲っている賊を倒しに来たのよ」
「ほう。そんな野蛮人がいるのか」
「ええ、目の前にね」
「そうか」
言葉を言い終えた後、兵士長は女剣士に向かって斬撃を放つ。しかし、女剣士はそれを二刀で受け止めた。
「……ほう」
「あんたたちの好きにはさせない。そんなに戦いたいんなら、私が相手になってあげるわよ」
そういって女剣士は相手の剣をはじいた。
「……名を聞いておこうか。私はダスター。シルフ王国の兵士長を務めている」
「私はリコ。ただの傭兵よ」
リコは剣を構えて、戦闘態勢を整えた。
「二刀か。私の知識だと、器用貧乏になりがちなスタイルだが」
「あなたは弱い人しか見てきていないようね。本物の二刀を見せてあげる」
啖呵をきったリコは、ダスターに向かって突進し、片方の剣で切り付ける。しかし、ダスターはその斬撃を華麗にかわした。
「その程度の攻撃は食らわないな」
攻守が逆転し、今度はダスターが切り付ける。リコは先ほどの攻撃の隙から、かわすことや二刀で防ぐことはできない。
ダスターは攻撃を高威力にするために、体重を乗せて斬撃を放った。もしリコが真正面から一刀で攻撃を防ごうとすれば、刀ごとへし折られてしまうことになる。
「……ふん」
リコはダスターの斬撃に刃を重ね、そのまま刀身を上に滑らせて頂点に達したところで力強くはじいた。
「なっ……」
「悪いけど、この程度なら簡単にいなせるのよ」
斬撃を反らされたダスターは、大きな隙ができてしまった。すかさずリコは先ほどと同じように切り付ける。今度はダスターもかわすことはできない。
「! ちっ……」
深くはなかったものの、ダスターは腹部に傷を負ってしまった。体勢を整えるために、ダスターは後ろへ下がる。リコもそれ以上追撃はしなかった。
「女の力じゃ一刀で攻撃を防ぎきれないと思った? 戦場で油断してると命落とすわよ」
「……ご忠告ありがとう」
「男って、みんな同じ戦法でくるから対処が簡単ね。歯ごたえなさすぎてつまらないわ」
リコは言葉でダスターを挑発する。これは戦いがしたいわけではなく、リクトたちのために時間を稼いでいるのだ。
「……そうだな、戦場での油断は禁物だ」
ダスターはニヤリと笑う。先ほどのリコの言葉を復唱しながら。
「何のつもり……」
リコが言い終わる前に、いつの間にか後ろにいたダスターの部下が襲い掛かった。
「……警備兵たちが次々と港の方に行ってるみたいだな」
リコが予期した通りの展開になったので、リクトたちは動き始めることにした。
「どうやって脱出するんだ?」
「このリングルートには北と東の二つの門がある。地図を見る限りだと、ラゼルド王国はリングルートから北東に存在するから、まあどっちの門から出ても特に問題はないと思うけど」
「どっちの方が警備兵が少ないのだろうか」
「んー、俺が仕事をしているときに街を見回った限りだと、東の方が少ないかな」
リクトは街の様子を頭に浮かべた。
「なら、東から脱出しよう。グズグズしていると、警備兵が戻ってくるかもしれない」
「そうだな。リコのためにも、早くここから脱出しよう」
そういってリクトは素早く準備を始めた。
「ミソラ。しばらくこの家には戻ってこないから、大事なものだけ持っていく準備をしてくれ」
「うん……」
ミソラは乗り気ではない。しばらく家に帰ってこれないのだから当然だが。
「あ、そうだ。これも一応持っていこうかな」
リクトは木こりの仕事の際に使用していた斧を取り出した。リクトは戦闘経験がないので、当然家には武器がない。武器になりそうなのはこの使い慣れた斧だけだ。
このまま装備もなしに家を出るのは少し不安だったので、護身用にと持ち出すことにした。
「ラグナ、ノヴァさん、準備できた?」
「ああ。僕は大丈夫だ」
「私も心配ない」
リクトの問いに、二人は返事をする。
「ミソラも大丈夫だな?」
「うん、私は大丈夫だよ」
「よし、じゃあ東門へ向かおう!」
リクトの一言で行動を開始する。
(リコ、お前も必ず生き残れよ……)
そう心で思いながら、リクトは家を後にした。
家を出たリクトたちは、周囲の人間たちに見つからないように東門へ移動を開始した。リコが港で騒動を起こしているので、隠れる必要もほとんどなく東門に辿り着けそうだ。
「もうすぐ東門だ」
「このまま何事も起きなければいいが……」
そのラグナの期待はあっさりと打ち砕かれた。東門の前に、シルフ兵が待ち構えていたからだ。
「やっと見つけましたよ、ラグナ様」
兵士長らしき男が、ラグナの名前を呼んだ。
「お前は、マイクか!」
「ええ、お久しぶりです。さあ、もういい加減国に帰りましょう」
マイクと呼ばれた男は腰に携えた剣に触れながらラグナに近づく。
「やめろ! それ以上ラグナ様に近づくな」
「あんた、ノヴァさんか。あいにくだが、用があるのはラグナ様だけなんだ。ラグナ様、クリス様も待ちくたびれてますよ。早く帰りましょう」
「ふざけるな。誰がお前らなぞに渡すか」
ノヴァはラグナを庇いながらマイクと話す。
「ならしょうがない。力ずくで連れて帰るしかないな。おい、お前らやれ!」
マイクの命令で、シルフ兵たちが一斉にリクトたちに襲い掛かる。
「お逃げください、ラグナ様。ここは私が引き付けます。リクト、ラグナ様を頼む」
「け、けどあんたまだ怪我が」
「私のことはいい! 私がマイクに攻撃をしかけた隙に門に向かうんだ」
そういってノヴァは剣を抜き、兵士たちに突進した。
(敵はマイク含めて5人。一般兵はともかく、マイク相手にこの体でもつかどうか……)
ノヴァはまだ怪我が完治していない。この状態で兵士長であるマイクと戦うのはいささか不安が残る。それでも、ラグナたちを守るために命を掛けなければならなかった。
まずノヴァは先手を打って兵士に切りかかる。一般兵ではノヴァを攻撃を見切れず、成す術もなく攻撃を食らった。他の一般兵も同様に対処する。瞬く間に残りはマイクのみになってしまった。
「流石はノヴァさん。こいつらじゃ相手にならないな。じゃあ俺がやるしかないか」
マイクは腰に携えた剣を取り出し、剣先をノヴァに向けた。
ノヴァは先ほどと同じくマイクに向かって突進をし、剣を振り下ろした。しかし、マイクはそれを軽々と受け止める。
「どうした、ノヴァさん。剣に力が入っていないようだが、あんたこんなもんじゃなかっただろ。もしかして、あのときの怪我の影響でもあるのか」
「……!」
ノヴァは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「図星か」
「……リクト、頼んだぞ!」
ノヴァが大声を上げた瞬間、リクトたちは門に向かって走り出した。
「っと、逃がすか……」
「お前の相手は私だ!」
追撃しようとしたマイクを、ノヴァは力を振り絞って阻止した。
「ちっ、死にぞこないが」
リクトたちが無事に門を出たところを見て、ノヴァはほっとした後、
「……ラグナ様の後は追わせん」
「なら、部下に頼むまでだ。もうラグナ様を守る人間はいない。追手を数人行かせれば簡単に捕らえられる」
「だったら、お前を倒して後を追うだけだ!」
鍔迫り合いの状況を脱するために、ノヴァは力を込めて押し倒そうとする。しかし、マイクはそれを読んで踏ん張った。
「時間が経てばたつほど、あんたが不利になっていくぜ。その点俺は簡単だ。あんたの体力が消耗するまで守備に徹すればいいんだからな」
「くそっ……」
「あんたはここで殺しておかないとな。後々面倒なことになるだろうし」
そういってマイクは剣に込めた力を緩めた。不意に力を緩められたので、力を入れ過ぎていたノヴァは体勢を崩してしまう。その隙を見逃さず、マイクは切りつける。
「ぐっ……」
「なんてな。まさか本当に守備に徹すると思ってたのか?敵の言葉を鵜呑みにしてちゃいけないぜ」
今度はマイクから攻撃を仕掛ける。
(私がここで死ぬわけにはいかない。早くラグナ様を追わなくては……)
こんなところで立ち止まっている場合ではない。そう自分に言い聞かせ、ノヴァはマイクと対峙する。
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