第5話 ラグナの素性
「リクトにはラグナ・イザードと名乗ったんだけど、僕の正式名称はラグナ・ジョウストン・イザード。……西方大陸にあるシルフ王国という国の第三王子なんだ」
「え、ラグナは王子様だったのか!?」
「……ていうか、あんたは知らなかったの?」
リコは呆れたように尋ねた。
「そりゃ、ラグナとは昨日会ったばかりだし」
「どうやら、まずはあなたたちの馴れ初めを聞く必要があるようね」
「そうだな。まずはそこを話そうか」
リクトは簡単に昨日の出来事を説明した。
「……なるほどね。それでラグナ殿、いやラグナ様。あなたが本物の王子であることの証明は何かあるの?」
「……いや、何もない」
「それじゃ、あなたの話を信じることが出来ないけど……まあいいわ。とりあえず、話を続けてもらってもいいかしら」
リコは真顔でラグナに言う。
「わかった。何故僕がこのような満身創痍でこの東方大陸に来たのか説明するよ」
ラグナは一呼吸おいてから語りだす。
「事の発端は、我が国で起きたクーデターだった」
「クーデターって何だ?」
世間の事情に疎いリクト。その質問にはリコが答える。
「簡単に言うと、国民が武力によって国家に対して反乱を起こすことよ」
「なるほど」
「クーデターの首謀者の名はクリス・カートナー。彼の家は長年我が国に忠誠を誓っていた騎士だったんだが、突如反旗を翻したんだ」
「前兆はあったの?」
「僕や父上は感じ取ることは出来なかったが、どうやら彼は長い時間をかけて力を蓄えていたらしい。彼は他国と秘匿な取引をして武器を得ていたり、シルフ王国に不満を持っている国民に対して派手な演説を行って反乱の意思を煽ったり、後は賊などと取り引きもしていたらしい」
そう語るラグナの表情は重い。
「クーデターが起こった日は、クリスが近衛隊に任命される日だった。父上や兄上は任命式のためにクリスのすぐ目の前にいたし、クリスの部下も一緒に任命式に参加していたから、父上たちはあっけなく捕らえられてしまった。クリスは父上を人質にすると、瞬く間に王城を制圧。城下町は一時混乱に陥ったけど、国民の中にはクリスに味方する人々が多数いたから、彼らに説得されて積もっていた不満が露になり、気が付けば父上たちに味方する国民はほとんどいなくなっていた」
シルフ王国で起こった出来事を淡々と話すラグナ。
「不満があったってことは、シルフ国王は悪政をしていたの?」
「……悪政といえば、悪政かもしれない。父上は貴族と平民の貧困さをなくそうと様々な対策を講じたが、どれも上手くいかずにいた。つまり、やろうとする意志はあったが、結果が伴っていなかったんだ。その姿を見た国民の中には、父上のことを口だけの王である、と非難する人も多くいた」
「そりゃ、当然ね。どれだけ大層なことを言っても、結果が出てなけりゃ意味がない。要するに、国民の期待に応えることが出来なかったわけだ」
リコはラグナにお構いなしに事実を言う。ラグナもわかっているためか、何も反論はしてこない。
「城が制圧されると、クリスは国民に向かって演説を行った。自分がこの国を支配していくと。父上が言った、貴族と平民の格差をなくしてやると、宣言したんだ。その言葉に、国民たちは大いに期待した。実際にクーデターという行動に出て、かつ成功させたクリスの言葉には、人を惹きつける魅力があったんだ。そう宣言すると、クリスは父上を皆の前で処刑した。それは、歴史が変わる瞬間だった」
ラグナの表情がさらに曇る。
「次に僕が処刑されることになったそのとき、ノヴァをはじめとする部下たちが助けに来てくれたんだ。そして決死の思いで王都を逃れた」
「それからどうなったんだ?」
「その後は、どこかの国に亡命することを考えた。その亡命先として選ばれたのが、東方大陸にあるラゼルド王国だった」
ラゼルド王国は、リングルートの街がある商業共和国の北東に位置する王国だ。絹産業が盛んな国で、ラゼルド王国産の絹糸によって作られた衣服などは世界でも好評となっている。
「どうしてラゼルド王国なの?」
「ラゼルド王国には、シルフ王国の第一王女である僕の姉上が嫁いでいるんだ。だから、姉上の力を借りて亡命するつもりだった」
ラグナの姉であるリーンは、先の戦争終結後に東方大陸と西方大陸の関係修復のために、西方大陸代表として婚約をしたのだった。しかし、政略結婚というわけではなく、あくまでもリーンはラゼルド王国の王を愛している上での婚約であると本人の口から告げられている。
「なるほどね」
「……」
ラグナとリコの会話に、リクトはついていけていない。
「しかし、商業共和国行きの船に乗る寸前に、クリスの追ってが僕を捕えようと襲ってきた。今にして思えば当然だ。一般市民が乗る船に堂々と乗ろうとしていたんだからね。追っ手を振り切るために、従えていた騎士たちは命がけで僕を守ろうとしてくれた。幸い、ノヴァの協力者がいたため、正規ではないルートで西方大陸を脱出することができた」
「ということは、ラグナ様は今密入国者、ということになるの?」
「……そういうことになるね」
ラグナの言葉に、リコは渋い顔をした。
「それってまずいんじゃないのか? 仮にラグナがシルフ王国に帰国したとしても、東方大陸に密入国したことがバレたらとんでもないことになるんじゃ……」
「まあ、そうね。そこはどうするつもりなの?」
「……そこは、姉上の口添えで商業共和国を説得してもらうつもりでいる」
「……ふーん」
リコは冷ややかな目でラグナを見つめる。その心の中は何を思っているのか。
「ラグナ様、あなただいぶ世間知らずな人なんだね。昔の私と同じだよ。そこにいるリクトよりは世界の情勢を知っているだけで、もっと先のことを考えられていない。正直、その考えはあますぎると思うよ」
「……どうして?」
リコの否定的な意見に対し、ラグナは論を求める。
「まず、あなたが言ったとおりにそう容易く事が運ぶとは思えない。あなたはお姉さんのもとに亡命するって言ってたけど、あなたが東方大陸に密入国したことは当然シルフ王国側も知っている。それを黙って見過ごすかどうか、あなたはどう思う?」
「どう思うって、シルフ王国兵が東方大陸に来るなんて、そんなことができるとは思えない。だってそんなことしたら、最悪戦争になりかねないだろう」
「そんなことを、現にあなたは今やってるのよ。シルフ王国の王子でありながら、他国に不法侵入しているんだから。もし、シルフ王国兵がこの国に来たらどうするの?」
リコは淡々と尋ねる。
「……それは」
「現在、東方大陸の国々と西方大陸の国々は先の戦争で悪化した関係を修復しようとしている。そんなときに、西方大陸にあるシルフ王国の王子であるあなたが、理由はどうであれ東方大陸の国に密入国して、それを口実にシルフ王国兵がこの商業共和国に入ってきたら、共和国の議会もいい顔はしないはずよ。さらに、今シルフ王国はクーデターによって政権が変わっている。私はクリスという人物がどういう人なのか知らないけど、もしその人が共和国と戦争を始めたら、もう関係は修復不可能なところまで行ってしまうかもしれないのよ」
「……なるほど、確かにそれは一大事だな」
リコがわかりやすく話したためか、ようやくリクトも理解できたようだ。
「リクト。他人事のように言ってるけど、あんたも決断するべきじゃないの?」
「俺が?」
「今すぐラグナ様を家から追い出して知らぬ顔をするのか、それともラグナ様と心中するのか、ってことよ。知らなかったとはいえ、あんたはこの事情に多少なりとも絡んでしまった。つまり無関係じゃないのよ」
「……」
リクトは考え込んでいる。決断に迷っているのだろうか。
「……リコ。お前はどう思っているんだ」
「私は今すぐに追い出すべきだと思っている。あんた一人ならともかく、ミソラちゃんだっているんだから。彼女に苦しみを与えたくないのなら、選択肢は一つよ」
「……すまない、リクト。僕たちは出ていくよ」
突然、ラグナが告げる。
「だけど……」
「確かに僕は君たちに及ぼす被害を考えていなかった。これは僕の浅はかさから来た問題だ。今すぐノヴァを起こしてここから出ていくよ。もしシルフ王国兵がこの家に来ても、知らん顔をしてくれ」
ラグナは軽く支度を済ませると、ノヴァを起こすために寝室に入っていった。
「ラグナさん。様子を見に来たんですか?」
事情を何も知らないミソラは無邪気に尋ねる。
「いや、僕たちはもう出ていくよ。いつまでもお世話になるわけにはいかないからね。ミソラ、ありがとう。世話になったよ」
「そんな……。まだ怪我も治ってないのに」
心配するミソラをよそに、ラグナはノヴァの頬を軽くたたく。すると虚ろにだが、ノヴァが目を覚ました。
「……ラグナ様」
「起こして早々悪いが、今すぐ出なきゃなんだ。僕が肩を貸すから、起き上がってくれ」
「……待てよ、ラグナ」
出ていこうとしている二人を、リクトが言葉で制止させる。
「リクト……?」
「家主の俺が許すよ。少なくとも怪我が治るまではこの家にいていいぞ」
「ちょっとあんた、さっきの話聞いてたの?」
リコが呆れたような口調で諭す。
「もちろん聞いてたさ。確かにリコが危惧することは今後起こり得ることだし、その可能性は非常に高いと思う。けどさ、それって結局リコの推測に過ぎないんだ。リコの言葉を鵜呑みにして、自分の考えを持たずに決めてしまうのは愚かだよ」
「リクト……」
「俺はリコの意見を鑑みて、その上で自分で考えて決断した。確かに普通に考えればここでラグナを見捨てて今までのことはさっぱり忘れていつも通りに暮らした方がいいと思う。でも、困っている人を見捨てて何気なく過ごせるほど非情にはなれない」
「……ふん、じゃあミソラちゃんはどうなってもいいの?」
「そういうわけじゃない。ミソラも大事だけど、ラグナも見捨てることはできないってだけだ。第一、お前がさっき言ったことが本当に起こるかどうかなんて、誰にもわからないだろ」
「起きてからじゃ遅いのよ」
リクトとリコは論争を続ける。
「とにかく、俺はラグナを見捨てない。あまい考えと言われてもだ」
「……あんたの考えはわかったわ」
納得はしていないが、理解はしたようだ。
「……リコ」
「まあ、あんたならそう言うと思ったけどね。人としては正しい選択だと思うし」
「お前はどうする……っていっても、答えは決まっているか」
「あんたがラグナ様を見捨てないなら、私も同意するわよ。あくまでもミソラちゃんのためだけどね」
「……素直じゃないやつだな」
そう言いながらも、リクトは苦笑した。
「というわけだ。二人とも怪我が治るまではこの家にいろよ」
「そうですよ!」
「ま、お人好し兄妹がこう言ってるんだし、厄介になったら?」
三人はラグナたちに残るように提案する。
それを聞いたラグナは、
「……本当にすまない」
と礼を述べた。
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