第4話 リクトたちの過去

 その後も二人は、リングルートの街を探索し続けた。

 特に商業区には、一国の城下町に比例するほどの人が集まっている。その光景を見たラグナは、懐かしいものを見るかのような眼差しをしていた。

 町を歩いて二時間ほど経ったので、少し小休憩をしようと近くの茶屋に向かうと、腰に剣を携えた女性がお茶を飲んで和んでいた。


「珍しいね。女剣士かな」

「ん、あれ、お前もしかしてリコか?」

「ん? あ、リクト! 久しぶりね」


 リコと呼ばれた女剣士は、リクトたちのもとへ近づいた。


「久しぶり、元気だったか」

「もちろん、順調よ」


 リコはにっこり笑って答える。


「そうか、それはよかった」

「で、そちらの少年は? あんたとは縁のなさそうなほど上品な感じだけど」


 リコは茶化しながら、ラグナの方へと視線を向けた。


「失礼だな。こいつはラグナ。訳あって、今俺の家にいるんだ。で、こっちがリコ。俺の一歳上だから16歳だっけか。俺やミソラとは小さい頃からの付き合いで、今は傭兵をやりながら世界を旅しているんだ」


 リクトはラグナの肩をぽんと叩いた。


「ラグナと申します。よろしくお願いします」

「あら、これは丁寧に。私はリコです。もしかして、貴族の方ですか?」

「……まあ、一応」


 ラグナは少しためらいながら答える。


「ふーん。貴族の方とリクトが顔見知りになるなんて、珍しいこともあるのね」


 ちらりとリクトを一瞥。


「失礼な。まあいい、ところでリコ、暇なら家に寄っていかないか? ミソラも会いたいだろうし」

「もちろん行くわ。私もミソラちゃんに会いたいし。あ、ラグナ殿、私も同行して大丈夫ですか?」


 リコはラグナに尋ねた。

 こういった社会性のあるリコを見たことがなかったリクトは、彼女も傭兵生活で日々成長しているのだな、と心の中で感心していた。


「僕は構わないですよ。それと、あなたの方が年上なので、そんなかしこまらずに大丈夫です」

「それなら、あなたもかしこまらないで、リクトに接するのと同じようにしてくれて大丈夫よ。そうやって接せられるの、あんまり慣れてないし」


 リコが提案する。


「それじゃ、これでよろしくね、リコ」

「ええ。そっちの方がやりやすいわ」


 リコもすっきりしているようだ。


「よし、お互いに紹介も済んだし、そろそろ家に帰るか。丁度休憩しようとしていたところだしな」

「あんたの家って、相変わらずあそこにあるの?」

「ああ。引っ越す金なんてないしな」

「それぐらい、私が援助して上げるけど」

「いいよ。お前にも生活があるだろうしさ」


 リクトとリコのやり取りを見ていたラグナは、二人に浮かび上がった疑問を尋ねた。


「君たち二人は、一体どこで知り合ったの?」

「あー、リコとは住んでいた村が同じだったんだ。そうだな、せっかくだし、歩きながら話そうか」


 リクトは自宅への帰路で、自分の過去について話す。


「俺たちは、このリングルートの街から遠く離れた山奥の村で生まれ育ったんだ。そこはこの町とは違って質素で物なんかほとんどなく、村民たちが自給自足で生活していた」

「自給自足で? じゃあ食料を販売する店は儲からないんじゃ……」

「そもそも、店というものがなかったんだ。本当に今じゃ想像もつかないほど、質素な生活をしていたと思うよ」

「私も。傭兵始めてから、自分が住んでいた村と世界がこんなに違うものなんだな、って思ったもの。自分の中の常識が一切通用しなかったから、始めは戸惑ったな」


 リクトとリコは、住んでいた環境が激変して大分苦労したようだ。


「話を戻そうか。始めの内は家族と過ごして楽しい日々を送っていたが、東西戦争が激しくなってくると、次第に村の若い男たちが戦争に駆り出されるようになってきた。その徴兵のせいで、村からは若い男がいなくなってしまった。ある日、それを好機と見た近隣の山賊たちが、俺たちの住む村を襲ってきたんだ」

「……」


 リクトから告げられた言葉に、ラグナは息をのんだ。


「若い男が戦争に行っていたために、村には戦える者がほとんどいなかったから、成す術もなく襲われてしまった。老人は抵抗する間もなく殺されてしまったし、子どもたちでは抗うには弱すぎた。結局、山賊に好き勝手にされてしまったんだ」

「あたしの父は村長だったんだけど、まあ真っ先に殺されてしまったわね。山賊たちを一人残らず殲滅したかったけど、当時の私にはそんな力はなかった」

「それで、リクトたちはどうやって助かったの?」


 ラグナは顔に冷や汗を流しながら訪ねる。


「俺とミソラとリコは母親をはじめとする大人たちが逃がしてくれた。皆が山賊たちを引き寄せている隙に、村の抜け道から脱出して、近くの村まで命からがら逃げ出したんだ。その後、応援を引き連れて村に戻ってみたけど、そこには凄惨な状況が待っていた」


 リクトとリコは、当時の村の様子を思い返していた。それは、二人にとっては決して思い出したくない光景である。


「死屍累々と形容するにふさわしい死体の数。破壊された家屋。ほんの数時間前まで普通だった光景が、こんなにも変わるものなんだなと思った瞬間だったわね」

「流石にその光景はミソラに見せることは出来なかった。当時幼かったミソラには、あまりにも惨い現実だったからな」

「……」


ラグナは言葉を出すことができない。


「その後、あたしたち三人は近くの街まで避難した。近くといっても、住んでいた村から三日ほど歩かないとつかないような場所にあったんだけどね。その街で、あたしはある女剣士と出会ったの」

「女剣士?」

「そう。これから先、どうやって生きていけばいいのかわからず、途方に暮れていたあたしたちに声をかけてくれた人だった。あたしが自分たちの身に起こったことを説明すると、その人は何を思ったのか、あたしに剣術を教えてあげると言った。あたしは生きる術が欲しかったから、その言葉に甘えて剣術を学んだ。その人から学んだこの剣術のおかげで、今のあたしがあるの」


 リコは持っている刀を鞘から抜き出し、ラグナに見せた。


「この剣はそのときにもらったもので、今でも愛用しているわ。東方大陸にしかない剣らしいけど、こっちの武器屋でもあまり見かけたことがないのよね。ほら見て、刀身が少し反っているでしょ?」

「本当だ。剣というより刀のような感じだね。何て名前の武器なの?」

「シミターって名前の武器よ。部類的には刀になるわね。私はもうひとつ刀を持っているんだけど、こちらはサーベルなの」


 リコはもうひとつの刀を抜き出した。シミターと同じく、刀身はやや曲がっている。


「どちらも見た目は似ているけど、どう違うの?」

「サーベルの方がシミターより細いのよ。違いはそれくらいしかないわね」

「普段はどちらの刀を使っているんだ?」


 リクトが二つの刀を見つめながら尋ねる。


「私は二刀で戦うからねえ。どちらも何もないよ。まあメインで使うのはシミターかな」


 二刀は、攻守両方に優れる戦闘形態である。片方の刀で攻撃を受け、もう片方の刀で攻撃を行えるので、攻撃の幅も広がってくる。しかし、その場合は片手で相手の攻撃を受けなければならないため、例えば筋力の差があると防御しきれずに攻撃を食らってしまう可能性もある。

 特にリコは女性であるため、片方の刀で攻撃を受け止めるという戦法は取り辛い。故に、リコは両方の刀を用いて防御を行っている。二刀で攻撃を受け止めるには技量も必要だ。リコは師匠である女剣士から、如何に相手の攻撃をうまく受け止めるか、その技術を教わったのだ。


「二刀か。僕の知り合いにも二刀で戦った経験がある人はいたが、攻撃も防御も中途半端になってしまうと言っていたな」

「それはその人の技量のせいね。剣術に限らず、武道に大事なのは身体操作能力よ。これがあるのとないのでは、戦闘力に大きな差が出てくるから」

「なるほど……」

「刀は弱い武器として扱われているけど、極めれば何物にも勝る武器になりえる力を持っていると私は思っているの」


 真剣な目つきで語るリコ。


「なるほど。それが君の信念なんだね」


 ラグナは素直な感想を漏らした。


「……ねえラグナ殿。剣の嗜みはあるの?」


不意に、リコはラグナに尋ねる。


「え? ああ、まあ一応は」

「ならさ、私と手合わせしてみない?」


 突然のリコの提案に、戸惑うラグナ。


「……ありがたいお誘いだけど、僕は今負傷中でね。思うように体が動かないんだ」

「そっか。残念ね」

「ごめん。体が動くようになったら、受けたいと思うよ。もっとも、僕はあまり腕に自信はないんだけどね」

「そんなの気にしないから大丈夫。あ、ところで……」


 リコはリクトとラグナを交互に見て、


「二人はどういう風に知り合ったの?」


 と尋ねた。


「え、まあそれは……」

「そのことについては家についてからの方が説明しやすいかな。そうだよね、リクト」

「まあ、そうだな」


 歯切れが悪くなったリクトに、ラグナはそう尋ねる。


「ふーん、何かありそうね」


 気にはなるものの、深く詮索はしないようだ。


「リクト、君の過去を話してくれてありがとう。僕も君たちに過去を話したいと思う。だから、早く家に帰ろう」


 リクトたちの過去を聞いたラグナは、何かが吹っ切れたような顔をしている。


「……そうか。だが、話せないような話はしなくても大丈夫だぞ」

「いや、君には恩があるからね。全部話したいと思う」




「ただいま、ミソラ」

「おかえり……って、リコお姉ちゃん!?」


 家に帰ってきた三人を迎えようとしたミソラは、そこにいるリコの姿を見て驚愕した。


「久しぶり、ミソラちゃん」

「えー! こっちに帰ってきてたの! ゆっくりしていってよ」


 ミソラはニコニコしている。リコが帰ってきたことがよほど嬉しかったようだ。


「ミソラ、俺たち三人は話をしなきゃだから、その間ノヴァさんの様子を見ていてくれないか」


 リクトがミソラに頼み込む。


「……うん、わかった。リコお姉ちゃん、今夜はここに泊まるんでしょ?」

「ええ、そうさせてもらうわ」

「じゃあ、積もる話はまた後でね」


 そういってミソラは寝室に入っていった。


「相変わらずいい子だね、ミソラちゃんは」

「ああ。聞き分けのいい妹だろ」

「ほんと、あんたには勿体ないくらい」

「うるさい」

「あー、それでなんだけど」


 二人の茶化しを見ていたラグナは、唐突に話を切り出す。


「まずは、僕の素性から話そうか」


ラグナは決心したかのような表情で話し始めた。

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