第209話 弱体化魔法

 リントは基本的に万能型の魔法使いだ。魔法使いはそれぞれ得意な魔法属性が存在するが、リントにそんなものはない。得意な魔法がない代わりに、苦手な魔法も存在しない。そしてそれを可能にしているのがリントが日本から転移してきた時から持っていたスマートフォンだ。

 本来魔法を使う際に必要とする処理をスマートフォンが全て行っている。魔法の解析さえできれば、全ての魔法を使うことができる。そして事前に魔法を起動ギリギリの状態でストックすることもできる。それこそがリントの最大の強みだった。


(ったく、ほんとに凄まじい気当たりだな。こんなのと正面からぶつかろうとか正気の沙汰じゃねぇぞ)


 目の前にいるベヒーモスの威容は、明らかに普通の魔物ではなかった。【凶獣ベヒーモス】。そう呼ばれる理由がこうして相対しているだけでわかる。本能の部分がそれを理解するのだ。


(本当ならこんな魔物と戦うのはゴメンなんだが……こいつが妙にやる気になってるからな)


 チラッと横に立つリリアに視線を送る。爛々と好戦的に目を輝かせるその姿を見て思わずため息を吐きそうになる。


(この化け物相手に、ビビるどころか戦いたがるとかどんな戦闘狂だよ。本人に言っても自覚ねぇだろうし、怒りそうだから言わねーけどな)


 本来、自分よりも強大な敵を目の前にした時、人は逃げようとするか、心が折れるか、それとも死力を尽くして戦おうとするかだ。しかし、リリアはそうではなかった。

 正面からぶつかれば必敗の相手に対して恐れるどころか、逆に喜びに心を震わせている。

 常人ではありえないほどの精神力だ。


(それに巻き込まれるこっちの身からしたらたまったもんじゃねぇっつーか。そもそもなんでこいつこんなに戦いたがるんだ。ハルトのために強くなりたいってならもう十分強いだろうに)


 リリアが強さを求める理由はリントも知っている。しかし、それだけでは到底説明がつかないほどにリリアは強さを、そして強者との戦いを求めていた。


(……まぁいいか。それについて考えるのは今じゃなくてもいい。それより今はこのベヒーモスをなんとかしねぇとな)


 ベヒーモスの威容を見上げながら、リントはどんな魔法であれば通用するかを考える。

 単純な攻撃力で言えばリントはリリアに及ばない。もちろん時間をかければ強威力の一撃を叩き込むことはできるが、あまり現実的ではない。

 しかしベヒーモスはリントが攻撃力のバフをかけた状態のリリアの本気の一撃を耐えた。僅かに体が浮いただけで、大したダメージが入ったようにも見えない。つまり、現状の火力ではダメージを与えることは現実的ではないのだ。


(これ以上リリアの攻撃力を高くしようと思ったらリリアへの負担が大きくなる。だったら発想の転換だ。ベヒーモスの方を弱くする)


 バフだけで足りないならデバフをかける。しかし相手にデバフをかけようとすれば、その相手の耐魔性能を超えるだけのものでなければいけない。

 ベヒーモスほどの相手に弱体化の魔法をかけようとすれば、大儀式や長時間の詠唱を必要とするのは目に見えていた。

 だがしかし、リントには一つだけ弱体化の魔法をかける方法があった。


(効くかどうかは一か八か。効いたとしても長時間は無理だろうな。でも試す価値はある)


 リントは手早くスマートフォンを操作し、魔法を幾重にも起動させる。『筋力弱化』『鈍足化』『身体軟化』などなど、起動した弱体化魔法は十をはるかに超える。

 そして——。


「収束、コピー、展開——起動」


 起動させた魔法を全て一つに纏めることで、一つ一つは弱い魔法でも強力な魔法へと変化する。そうして作りあげた魔法を展開できるギリギリまで複製し、一気に起動する。


「弱体化魔法——『苦崩牙解』」


 一つ一つはありふれた魔法でも、それを一つにすることでオリジナル魔法にも等しいものへと進化させる。

 ベヒーモスの頭上に広がった巨大な魔法陣。そこから伸びた鎖がベヒーモスの体に巻き付く。


「ついでにオマケだ。『ウィークマーカー』!」


 リリアにさらに一つ魔法を付与する。それは、ベヒーモスの弱点部位がリリアの目に視認できるようにする魔法だ。

 リリアとの僅かな打ち合いの中で、リントはベヒーモスの解析を進めていた。そして現状で把握できている弱点をリリアに見えるようにしたのだ。


「光って見える部分を狙えリリア!」

「へぇ、中々便利な魔法ね。それに、弱体化の方も上手くできたみたいじゃない」


 リントの弱体化魔法を喰らったベヒーモスの動きはさきほどまでと比べて明らかに鈍っていた。リントの魔法がベヒーモスの耐魔性能を上回ったのだ。


「なんとかな。だがたぶんすぐにレジストしてくる。俺の魔力残量から言っても、あのレベルのデバフは後三回できるかできないかだ。つまり——」

「さっさと決着をつけろってことね。上等やってやろうじゃない」


 ニヤリと笑ったリリアはそのまま一気にベヒーモスへと肉薄する。迎撃しようと腕を振りあげるベヒーモスだが、その動きは明らかに鈍っている。


「遅い!」

「グ、ガァアアアアアアアッッ!!??」


 リリアはベヒーモスの腕を掻い潜り、顎へ強烈な蹴りを叩き込む。そして確かな手ごたえとともにベヒーモスが苦悶の叫びをあげた。リリアの攻撃が初めてまともに通った瞬間だった。

 噛みつこうとしてきたベヒーモスから距離を取り、リリアは拳を構える。


「ふふっ、これでようやくダメージが通る。さぁ、第二ラウンドといきましょうか」

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