第210話 さらに上へ
「ふふっ、これでようやくダメージが通る。さぁ、第二ラウンドといきましょうか」
ベヒーモスの上げた苦悶の声に、リリアは確かな手ごたえを得た。
それまで通じなかった攻撃が通用するようになったことで、ようやくベヒーモスに対する活路を見出すことができたのだ。
「やるじゃないリント」
「ありがとよ。でも、あいつの耐魔性能は相当なもんだから、そう長くは持たないぞ。重複してかけれるのも後三回か四回くらいだ」
「十分。その間に勝負を決めればいいんでしょう?」
「相変わらずすごい自信だな。俺の方はどうする?」
「今まで通り援護で構わないわ。攻撃したい?」
「いや、遠慮しとく。今回は援護に徹するよ」
「ふぅん、遠慮しなくていいのに」
「いや遠慮とかじゃないけどな……」
リントからすれば、ベヒーモスのような化け物に挑もうとするリリアの方が理解できなかった。
命を賭ける必要がないような場面でも強さのために命を賭けることができる。そこにリントはリリアの異常さを感じていた。
とはいえ、今はそこを追及するべきじゃないとリントは判断し、意識を戦闘に切り替える。
リリアにも告げた通り、リントは攻撃魔法を使うつもりはなかった。今回はあくまでリリアのサポートに徹する。というよりも、サポートの魔法にリソースを割き過ぎて、他の魔法を使う余裕がないだけなのだが。
(ミスったな。こんなことになるならもっとちゃんと魔法の練習しとくべきだったか)
これからもリリアと関わるなら魔法技術の向上は絶対に必須だと、頭のノートに書き留めるリント。そうしないと命がいくつあっても足り無さそうだと思ったからだ。
(差し当たってはまずこのベヒーモスをなんとか乗り越える。話はそれからだ)
リントはチラッと横目でロウとライの様子を確認する。二人は真剣な瞳でリリアとリントの様子を見ている。ベヒーモスを召喚したロウは特に焦る様子も、止める様子もなく見続けている。
(本気で危なくなったら止めるつもりなのか、それとも……いや、今は考えても仕方ないか。リリアの方はそれどころじゃなさそうだしな)
リントの視界の先では、リリアとベヒーモスが激しい戦いを繰り広げている。自分の何倍もある体躯を持つ魔獣に対し、一歩も引かずに……いや、それどころか逆に押し切ってしまわんばかりの勢いで攻撃している。
ベヒーモスからの攻撃は避けるのではなく、正面からそれ以上の攻撃をぶつけてはじき返す。もちろんリントの弱体化の魔法が効いているからこそできることだが、それでもとても真似したい行動ではなかった。
「はあぁぁぁぁぁっっ!!」
「グガァッ!?」
リリアの蹴りがベヒーモスの関節部分に直撃する。骨を折ったという確かな手応えを感じたリリアだったが、すぐのその顔は驚愕に塗り替わる。
折れているはずの右前脚でリリアにそのまま攻撃を仕掛けてきたのだ。
「えっ?! きゃぁっ!!」
まさか折れている方で攻撃されると思っていなかったリリアは僅かに反応が遅れてしまう。とっさに後ろに跳ぶことである程度の衝撃波受け流したものの、それでも完全に殺しきることはできずに地面に叩きつけられてしまう。
「っぅ……」
「おいリリア、大丈夫か!」
「大丈夫。防御はしたから……ゴホッゴホッ、それでも……たった一撃でこれだけのダメージ、やっぱりとんでもないわね」
「あんまり無茶するなよ」
「この程度は無茶って言わないのよ」
立ち上がったリリアは自分の体の状態を確認する。幸いなことに直撃はしたが骨は折れていなかった。【弟想姉念】とリントの強化魔法で体全体が強化されていたおかげだろう。魔力も姉力もまだまだ残っている。
つまり、リリアはまだまだ戦えるということだ。
(楽しい……楽しい? あぁそうか。私は今この戦いを楽しんでる。自分が全力を出しても敵わない相手がいることが楽しくてしょうがない)
もちろんリリアよりも強い存在などこの世界にはいくらでもいる。しかし、そういった存在と戦えるかと問われればそれはまた別の話だ。
だからこそベヒーモスのような存在と戦える機会は貴重なのだ。
(私はもっと強くなれる。姉として、ハル君の姉として。もっともっと上に。そのためなら命なんていくらでも賭けれる。それが私の姉としての在り方)
戦えば戦うほどに己の動きが洗練されていくのを感じる。無駄な力を抜いて、最低限の力で最大限の効果を出す。どうすればそれができるのかを意識するまでもなく考える。
どこがベヒーモスの弱点なのかはリントの『ウィークマーカー』のおかげでわかっている。
それでもリリアの勝利の可能性はあまりに低い。だがゼロではない。
「私はあなたを糧にもっと強くなる。だから、さぁ、もっと見せて。そんなものじゃないでしょう。伝説と謳われるあなたの力は」
「グルルルゥ……」
「お、おい、なんかヤバそうなんだが」
「…………」
リリアのそんな言葉に反応したわけではないだろうが、目の前の存在を、リリアを己の脅かしうる敵だと判断したベヒーモスは大地を踏みしめ、唸り始める。
それはまるで力を溜めているようで……しかしリリアはそれを止めるようなことはしなかった。
そして——。
「ウォオオオオオオオオオオオオッッ!!!」
空間ごと揺らすような咆哮とともに、ベヒーモスの体が光に包まれた。
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