第206話 いざ神話に挑まん

 実力を見せてもらう、そう言ってリリア達がやって来たのはいつもリリアとハルトが鍛練に利用していた場所。

 人気の少なさと、広さ、それらが全て備わった、これからしようとしていることをするには最適な場所だったからだ。


「へぇ、こんな場所があったなんてな」

「いい場所でしょ。いつもはハル君と二人で使ってるんだけど、今はハル君もいないから特別に使わせてあげる」

「使わせてあげるって、別にここはリリアの場所ってわけじゃないだろうが」

「いつも私とハル君が使ってるんだから私の場所と同義よ」

「どんな暴論だ!」

「まぁまぁ落ち着けって。それよりも確かにこの場所なら多少暴れても大丈夫そうだな」

「えぇ、それじゃあさっそく始めましょう! 早く、疾く早く!!」


 目をキラキラと輝かせながら急かすリリア。

 かつて自分が戦うことも夢想したことがある神話の怪物【凶獣ベヒーモス】。それに出会えるというだけでリリアのテンションは上がりきっていた。


「おぉ、すげぇテンション高い」

「無理もない。私も彼女の気持ちはわからないでもないし」

「そこまで期待されると逆にプレッシャーなんだけどな。ご期待に沿えるかどうかはわからんが、そんじゃさっそく出させてもらおうか。全員ちょっと離れててくれ」


 ロウの忠告に従って距離をとるリリア達。それを確認したロウはベヒーモスを召喚するための準備に入る。


「うぉおおおおおおおおお……っ」


 ロウの気の高まりに伴って空気がビリビリと震えだす。空も曇り始め、ひりつく様な感覚がリリア達の肌を突く。

 明らかに異様な雰囲気がその場に広がり始めていた。

 リリアはいよいよ姿を現さんとするベヒーモスに期待し目を輝かせ、リントは明らかにヤバイ空気に思わずゴクリと息を呑んだ。

 リリアの隣に控えるライは苦し気に呻くロウのことを心配気に見つめていた。

 そして——、


「来いっ!! 破壊の化身——ベヒーモスゥウウウウッッ!!」


 その呼び声に応えるように、雲から雷が落ち、眩い光が周囲一帯を包んだ。

 あまりの眩しさにリリア達は一瞬目を閉じ、そして次に目を開いた時にそこにいたのは、


「グルルルゥ……ガァアアアアアアアッッ!!」

「「「っっ!?」」」


 あまりにも大きなその体。一見すれば猫のようにも見えるが、そんな可愛らしい存在でないのは纏う雰囲気からすぐにわかる。

 一歩動くだけで大地は割れ、牙と角は全てを貫くことができる。その紅い瞳は破壊する対象を求めてギョロギョロと動いていた。

 金と紅の入り混じった縞模様の毛並み。金の毛はバチバチと雷を放ち、紅の毛はユラユラと炎を放っていた。

 その名を知らずともわかる、目の前の存在が明らかに異質な存在。ただの魔獣ではないと。

 【凶獣ベヒーモス】。その名に相応しいだけの威圧感を目の前の存在は放っていた。


「ふぅ、呼べたか」

「はぁああああああああっっ♪ すごいすごい! ねぇ見てリント! ホントにベヒーモスだよベヒーモス!」

「お前テンション上がり過ぎだろ。若干キャラ崩壊してんぞ」

「キャラ崩壊とかどうでもいいから! だってベヒーモスだよ? 神話の怪物だよ? こんなの見てテンションあげるなって言う方が無理でしょ! カッコいいなぁ、ビリビリしてるしメラメラしてるし。やっぱり殴ったら硬いのかなぁ」

「お前ホントに……はぁ」


 テンション爆上げ状態のリリアを見てリントは深くため息を吐く。あのベヒーモスの威容を前にこんなテンションになれるのはリリアくらいなものだとリントは呆れているくらいだ。

 しかし何度も言っているように、リリアにとってベヒーモスとはおとぎ話の怪物。そんな存在が目の前に現れてテンションを上げるなという方が無理なのだ。

 そして何よりも今この場にハルトはいない。隣にいるのは地球のことを知っているリントだ。そのため、リリアの姉たらんとする意識よりも前世……宗司であった頃の意識が本人が思っている以上に強く表に出ていたのだ。

 それからベヒーモスの周囲をぴょんぴょんと飛び回り、毛に触れて感電したり燃えたりしながら一通り観察したリリア。

 そんなリリアのテンションが若干落ち着いたタイミングでロウが口を開いた。


「ははっ、お眼鏡にかなったようでなによりだよ」

「えぇ、ホントにおとぎ話で聞いてた通り。まぁさすがに大きさまでは完全再現とはいかないようだけど。力に関しても……潜在能力の高さは感じるけれど、今の強さはS級に届くか否かってレベルかしら」

「観察しただけでそこまでわかんのかよ」

「まぁ完璧にってわけじゃないけどね。それでもある程度は読める。そしてだからこそわかる。この子は本物だって」


 その事実こそがリリアの心を歓喜させていた。目の前に本物のベヒーモスがいる。

 そして、己の力をぶつけることができるという事実に。


「戦っていいんでしょう?」

「マジかお前……こいつを見たら大抵の奴はビビって腰抜かすか逃げるかなんだが……まさか戦いたいなんて本気で言う奴がいるとはな」

「こんな機会、滅多に……いいえ、一生に一度あるかないかだもの」


 圧倒的威容を放つベヒーモスを前に、リリアは萎縮するどころか、その目を好戦的に爛々と輝かせていた。


「まぁいいか。ぜひ試してみてくれベヒーモスの力を。そんでこっちも見せてもらおうか、あんたらの力をな」

「上等」

「ん? 今あんた“ら”って言ったか? もしかして俺も一緒にやる流れになってんのか? いやいや無理だぞ無理! そんなのありえねぇからな!」

「男がごちゃごちゃ細かいこと言わないの。行くわよリント!」

「全然細かくねぇだろ! ふ、ふざけんなぁあああああっっ!」


 リリアに無理やり首根っこを掴まれたリントはそのまま引きずられていく。


「さぁ、神話の怪物の力見せてもらうわよっ!」


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