第205話 ベヒーモス

「ベヒーモス……なんか聞いたことがあるような……」


 【凶獣ベヒーモス】。ロウが口にしたその名に僅かに聞き覚えがあるような気がしたリリアは軽く首をかしげた。

 

「でもどこで……うーん……」

「向こうのゲームとか漫画ってわけじゃないのか?」

「違う。確かにそっち方面でならいくらでも覚えはあるけど、そんなんじゃないわ。もっとこう別に……この世界に来てから聞いたことがあるの。確かお父さんが昔にそんな話をしてくれた気が……」


 記憶の海を探るリリア。そしてやがて一つの記憶にたどり着いた。


「あ、思い出した」


 かつてリリアの父であるルークが寝物語に話してくれた伝承。シンデレラのようなお姫様然とした物語よりも男らしい冒険譚が好きだったリリア。だからこそルークは様々な冒険譚を集め、リリアに語って聞かせたのだ。


「『海の凶皇と陸の暴皇』の物語に出てくる、リヴァイアサンと対をなす魔獣。確かその名前はベヒーモスだったはず」

「へぇ、そんな物語があるのか」

「かなりマイナーな冒険譚だけど。結構好きな物語だったから覚えてたみたい。全長が五十メートルは超えるっていう伝説の魔獣。足を一歩踏み出すだけで地震を起こし、大地を砕く。存在そのものが災害となる魔獣。確か冒険譚では、英雄達の策略によって、対となる魔獣のリヴァイアサンとぶつけあい、互いが深く傷ついた所を英雄たちの力によって封印した。そんな話だったはず」

「なんだ。よく知ってんなぁ。確かに言う通りかなりマイナーな物語だから、まさか知ってる奴がいるとは思わなかったけど。俺だってこいつと関わるようになってから初めて知ったくらいだってのに。なぁライ」

「ん。確かに予想外。思ったよりも博識?」

「博識ってほどじゃ……たまたま知ってただけだし。でも、本当にそのベヒーモスなの?」


 そう問うリリアの眼に浮かぶのは疑いと期待の感情。さすがに伝承の魔獣を体内に飼っていると言われて鵜呑みにするほどリリアは能天気ではない。だが、それでもかつてルークから聞かされワクワクと胸を膨らませた英雄譚。その英雄譚に関わる存在が目の前にいるかもしれないとなれば、もしかしたらと期待に胸を膨らませるのも無理はなかった。


「あぁ、間違いないぜ。って言っても、さすがにその英雄譚ほどの力を持ってるってわけじゃないけどな。正確には【凶獣ベヒーモス】の分体だ。だから全盛期ほどの力を持ってるってわけじゃない。それでも十分強力だがな。現状でもA級以上、S級に近い力は持ってるはずだ」

「へぇ……面白いわね」

「おいおい、信じるのかよ」

「えぇ。鵜呑みにするわけじゃないけど。ただならぬ力をもった何かをロウが飼ってるのは事実。それがベヒーモスだって言うなら、このただならぬ雰囲気も納得できるもの」

「話がわかるじゃねぇか。証拠を見せてもいいんだが、ここで出すわけにはいかねぇ。腐ってもベヒーモスだからな」

「残念。あなたの飼ってるっていうベヒーモスにはかなり興味があるんだけど。あなた自身には一ミリの興味もないけどね」

「おいおい、いくらなんでもそりゃ正直すぎねぇか?」

「事実だもの」

「おいリリア、事実だってもうちょっと言い方ってもんがあるだろうが。こいつにも悪気はないんだ。たぶん。だから気にしないでくれ」

「悪気がないってなら、それはそれで傷つくんだけどな。まぁいいか。俺達が『不帰の森』に行きたいのもそこらへんに理由があってな。この力でゴリ押せないこともねぇんだが、それじゃライにかける負担がでかすぎるからな。一緒に行ってくれる奴がいるならありがたいって話だ」

「ふぅん……まぁ確かにその話が事実なら即戦力だものね。確かにいいけど……」

「なんか気になることでもあんのか?」

「根本的な質問。どうして私達なのか。初対面の私達にそこまで事情を話せるなら、もっと上位の冒険者に理由を話して一緒に行けばよかったんじゃないの?」

「おいおい。勘違いしてもらったら困る。別に誰にでも話せるわけじゃねぇぞ。あんた達だから話したんだ。そっちもそっちで、何か事情を抱えてんだろ?」

「……まぁ、否定はしないけど」

「事情を抱えたもん同士、仲良くやってこうぜってわけだ。実力が不安だってなら別の依頼で試してもらってもいいぜ」

「…………」

「おいリリア、悪くないんじゃないか? 言ってることはわかるし。この機会を逃したらいつ見つかるかわからないぞ」

「……そうね。全部を話してくれてるわけじゃなさそうだけど。試してみる程度はいいかもしれない。いいわ、そっちの言う通りまずは見せてもらいましょうか、ロウとライ、あなた達の実力を」

「よし来た」

「望むところ」


 こうしてリリアとリントは、ロウとライの実力を試すための依頼を受けることになったのだった。


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