第195話 覚えるべきマナー
ロードウェル帝国。それはこの『カミナ』と呼ばれる世界の中で一番の大国。最新を望むのならば帝国へ行けと言われるほどだ。
人口も技術も、全てにおいて帝国に及ぶ国はないと言われている。
諸外国にとって帝国に睨まれることほど恐ろしいことはない。侵略という面でも、貿易という面においてもだ。
だからこそシスティリア王国も新たな《勇者》が選ばれた時に帝国に紹介をしなければいけないのだ。
本当ならばその挨拶もすでに終わっていたはずなのだが、王都襲撃でそれどころではなくなってしまった。
それどころか、帝国の使節団を危険に晒したことで王国は非常に危うい立場となってしまった。
だからこそ王国の切り札とも呼べる《勇者》を帝国に向かわせる必要があったのだ。
挨拶のやり直しと、帝国への謝罪の意を込めて。
「っていうのが、オレ達が帝国に向かう理由だ。本当ならあの式典で全部終わってたはずなんだがな。ったく、本当に面倒なことをしてくれたもんだ」
帝国に向かう馬車の中で、ハルトとアキラは改めてイルから説明を受けていた。
「それは何度も聞いてるから理解はしてるんだけど……」
「理解してるだけじゃ足りねぇよバカ。覚悟しろ」
「覚悟?」
「あぁ。極端な話だが今回の挨拶で今後の帝国と王国の関係が決まると思え。つまり、何か失礼なことがあった段階でオレ達は終わる。最悪、首を刎ねられても文句は言えない」
「えぇ!?」
「まぁ、《勇者》であるハルトと……お前は話が別だろうが。同行してるオレとかパールは、そのくらいの覚悟が必要だって話だ。帝国にとって、王国なんて吹けば飛ぶような存在だからな。少しでも機嫌を損ねないようにしなきゃいけないってことだ。腹の立つ話だがな」
「……なんか今から緊張してきた」
「緊張しすぎてガチガチになるなよ。お前の失態はそのままオレ達の失態だ」
「わ、わかってるんだけど……」
「……ねぇ、やっぱり私って完全に場違いじゃない? なんで一緒に行かなきゃいけないの?」
ハルトとイルの会話を聞いていたアキラは完全に萎縮していた。
それもそのはずだ。ただの日本の女子高生でしかなかったはずなのに、気付けば異世界の召喚されて。あれよあれよ魔法学園での生活を余儀なくされ、そして今度は国を背負っての外交をしなければいけないのだ。
ごく普通の精神しか持たないアキラにはもうそれだけでキャパオーバーだった。
「知るか。オレ達だって連れて行けって言われたから連れていくんだ。アウラから聞いた話だが……どういうわけだか、お前も持ってるんだろ《勇者》の職業を」
「それはまぁ……そうなんだけど」
アキラは手に持つ『職業カード』に目を落とす。そこに書かれているのは《勇者 (異界)》の文字。
アキラがこちらの世界の召喚されて、半ば強制的に『神宣』を受けさせられた時に現れた職業だ。
「お前も《勇者》なら紹介だけはしないといけないってことだ。もし隠しでもして後でバレたらその方が面倒なことになるからな。《勇者》は一人いるだけで大きな戦力だからな。そう考えたら今回わざわざ二人も《勇者》を連れていくのはもしかしたら……」
「? どうかした?」
「……いや、なんでもない。とりあえずお前ら全員覚悟しとけって話だ。向こうも《勇者》だからある程度はもてなしてくるだろうが……それに乗せられるなよ。お前らの態度がそのまま王国の評価になるんだからな」
もともと貴族としての振る舞いを叩き込まれているイルや従者としての立ち振る舞いを学んでいるパールとは違い、ハルトはアキラは一般市民。急にそれらしい立ち振る舞いをしろと言っても不可能なのは目に見えていた。
ハルトもアキラも不安そうな顔をしている。
それを見たイルは大きなため息をついた。
「……はぁ、とりあえずここしばらくの間お前達は立ち振る舞いについての勉強をしてきたはずだな」
「それはまぁ……してきたけど……」
「私も学園で特別授業って感じで教えてもらったけど……」
「「正直全く自信はない」」
声を揃えて言い放つハルトとアキラにイルは頭が痛くなりそうだった。
ハルトの隣に座るリオンなどもはや興味無さげに欠伸をしている。
「ハルトとアキラはまぁいい。リオン、一番心配なのはお前だからな。別に今さら勉強しろとは言わないけどな。お前は公の場に出る時は絶対に表に出てくるな。わかったな」
「はいはい。わかってるのじゃ。妾もそういうの嫌いじゃしな」
「ならいい。とりあえずお前達は……これだ」
ドン、と馬車の中の机に置かれる大量の本。
それらは全てマナーに関する本だ。
「えっと……これは?」
「まさかだけど……」
「これから帝国に着くまでに、この内容をお前らに叩き込む。そのためにわざわざゲートを使って一気に帝国まで行かずに時間のかかる馬車移動を選んだんだ。覚悟しろよお前ら。これを覚えるまで、一睡もできると思うな」
そう言ってニヤリと笑うイルを見て、ハルトとアキラは頬を引きつらせることしかできなかった。
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