第194話 帝国へ
翌朝、早朝。まだ夜も明けきらない時間。
ハルトは大きな荷物を持って神殿の前にいた。周囲にはイルやリオンの姿もある。
「ふぁ……まだ眠ぃ」
「イル。女子がそのように大きな欠伸をするものでは……くぁ」
「お前もしてんじゃねーか」
「うるさいわい。妾だって眠いもんは眠いんじゃ。その点主様は平気そうじゃのう」
「うん。まぁボクはいつも姉さんと早起きして剣の訓練とかしてたから。いつもこのくらいの時間にはもう起きてたし」
「そういえばそうじゃったのう」
「そうじゃったのうってな。お前ハルトの剣だろうが。一緒にいたんじゃないのかよ」
「最初の頃は一緒にいたけど、最近はずっと寝てるよね」
「朝は眠るもんじゃ。というわけで、妾は眠る」
「あ、リオン……はぁ」
さっさと剣の姿に戻ったリオンは剣の中へ入りこみ、スヤスヤと寝始める。
「自由なやつだな。本当に」
「あはは、ホントにね。まぁそれがリオンのいいところだけど」
良い意味でも、悪い意味でも自由なリオンは強くなることに焦りそうなハルトの心を落ち着けてくれる存在だった。
「自由過ぎるのも困りもんだけどな。まぁいい。それよりもう一人来るんだろ。まだなのか?」
「時間的にもはもうすぐのはずだけど……あ」
帝国に向かうのはハルト、イル、リオン、そしてアキラの四人。そこに世話をするためのパールを加えた計五人だ。
パールは移動用の馬車を取りに向かっており、この場に来ていないのはアキラだけだった。
「ご、ごめんなさーい!」
遠くからやって来たのは大きな荷物を持ったアキラだった。
「はぁ、はぁ……荷物の再確認してたらすっかり遅くなっちゃって。ごめんなさい」
「ううん。まだ時間前だし大丈夫だよ。それより今日からしばらくの間よろしく」
「えぇ、よろしく。えっと……イルさん、だったよね。あなたもよろしくね」
「……おう。よろしく」
「えっと……」
できる限り明るく挨拶したつもりのアキラだったが、どこかツンとした様子のイルを見て表情を硬くする。
「ね、ねぇハルト君。私、イルさんに何かしたかな?」
「別にそんなことはないと思うけど。いつものイルさんだと思うよ」
「……そ、そうなの? だったらいいんだけど。うーん……」
ハルトにそう言われてもどこか釈然としないアキラ。イルの目にどこか敵意のようなものを感じていたのだ。
一方のイルもまた、己の中にある不可解な感情に戸惑っていた。
「……おいお前ら、距離近くねぇか」
「「え?」」
「いやだから……あぁもう、なんでもねぇ!!」
妙に近いハルトとアキラの距離間。それを見た時に湧いた言いようのない感情。それはどうしようもない苛立ちとなってイルの心を苛む。
「それよりパールはまだかよ、馬車とりに行くって言ってから結構時間経ってんぞ」
「あぁ、確かにそういえば。何してるんだろう」
パールが馬車を取りに行ってからそれなりの時間が経過している。すでに戻って来てもおかしくない頃合いだった。
何かあったのかとハルトが心配していると、遠くからパールの騒ぐ声が聞こえてきた。
「だから、それはできないんですぅ!」
「いいじゃない一人連れて行くくらい。ケチケチしないでよ」
「だからそういう問題ではぁ……」
困惑したパールに、もう一人の声。その声を聞いたハルトとイルは嫌な予感に表情を歪めた。
「お、おい今の声もしかして……」
「うん……だと思う……」
「あ、ハルト様、イル様! 助けてくださぁい!」
「何してるの姉さん!」
「あ、おはようハル君」
パールの持ってきた馬車にしがみついていたのはリリアだった。
もしリリアにバレたら面倒なことになると思っていたからこそ、ハルトは何も言わずに準備を進めていたというのに、リリアはその並々ならぬ嗅覚でもってハルトの出発する時間を鋭敏に嗅ぎつけたのだ。
「ねぇ、ハル君からもなんとか言ってくれない? ちょっと私も帝国まで連れてってって言ってるだけなのに拒否するのよこの子」
「無茶なこと言わないでよ……それはできないってアウラさんにも言われたでしょ」
「やっぱりダメ?」
「ダメ。ほら、降りて姉さん」
「はぁい」
頬を膨らませながら、しぶしぶといった様子で馬車から降りるリリア。
「意外だな。もう少し粘るかと思ったけど」
「バカね。まぁ連れてってもらえるならそれが一番だけど、そのためにハル君を困らせる気はないもの」
「もう十分困らせてると思うけどな……」
「何か言ったかしら?」
「いいや、何にも」
「とりあえず今日は見送りよ。私もすぐに追いかけるけどね。それよりハル君、何も言わずに行こうとするなんて酷いじゃない」
「ごめん……」
「まぁいいわ。特別に許してあげる。もう全員揃ってるのね」
「うん。後は出発するだけだよ」
「ホントに忘れ物とかない? 着替えとか、お金とかちゃんと持った? それから、それから——」
「大丈夫だよ。ちゃんと確認したから」
「ならいいんだけど……あ、ハル君。これ持っていって」
「? ブレスレット?」
「そう。私の手作り。お守りだよ。ちゃんと持っててね」
「……わかった。ちゃんと持ってる」
「……気を付けてね。風邪ひいたりしないように」
「うん」
姉の想いに胸が熱くなるのを感じるハルト。そんな場合ではないというのに、ハルトは泣きそうになってしまった。
リリアはすでに涙ぐんでいる。
そんな二人のことをイルは呆れた目で見つめていた。
「お前らなぁ。今生の別れってわけじゃないんだから」
「うるさいわね。潰すわよ」
「物騒だな!」
「いい? イルとそれからアキラにパールも」
「あ?」
「え、あ、はい」
「な、なんでしょう……」
小さく深呼吸したリリアは、殺気と共に言い放つ。
「ハル君に手ぇ出したら、生きてること後悔させてやるから」
「「「っっ!!」」」
「ちょ、ちょっと姉さん! 何言ってるの!」
「忠告よ忠告。こいつらがハル君の魅力に惑わされないとも限らないから」
「大丈夫だから!」
「……はぁ……今から出発だってのに締まらねぇなぁホントに。この姉弟は」
それからなんとかリリアのことを宥めたハルトは荷物を馬車へ積み込む。
そしていよいよ出発の時がやってきた。
「それじゃあ、気を付けね。ハル君も。それからみんなも」
「オレ達はついでかよ」
「ふふ、冗談よ。私もすぐに追いかけるわ」
「お前なら本気で追いかけてきそうで怖い」
「あら、もちろん本気よ」
「本気なのかよ!」
「もちろん。ハル君に関することならどこまでだって本気よ。気を付けなさい。何があってもおかしくないんだから。ハル君のこと頼むわよ。私が行くまでね」
「……あぁ。わかってる」
「アキラも。パールも。油断大敵よ」
「はい」
「気を付けます!」
「それじゃあ姉さん、行って来るよ」
「えぇ、行ってらっしゃい」
そして、リリアに見送られながらハルト達は帝国へと向かったのだった。
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