第193話 姉の予感

「んーーーっ! 美味しい!」

「ホントだ。すっごく美味しいね」

「でしょ? ハル君も絶対気に入ってくれると思ったんだよね」


 肉料理に舌鼓を打ちながら、頬を綻ばせるリリアとハルト。

 リリアの期待した通り、いや、期待した以上にハルトはこの店のことを気にいったようだ。

 そのことを認識したリリアは改めてこの店のことをお気に入りの店リストに刻む。


(今回食べてるのは牛肉だけど、牛肉以外にも料理はいっぱいあるし、また来ても楽しめそうね。まぁ、次にハル君と来れるのがいつになるのかはわからないけど)


「そういえば、今日は姉さん何してたの? 朝からいなかったけど」

「今日もいつも通りって感じよ。今日はリントもいたからちょっと気合いを入れたけど、ギルドで依頼を受けてきたわ」

「……今日もリントさんと一緒だったの?」

「えぇ。あいつの魔法って案外便利なの。そう……言うなればド〇えもん」

「ド〇えもん? なにそれ?」

「あぁいえ、気にしないで。まぁとにかく私が言いたいのはあいつがいると便利ってことね。使い勝手がいいのよ」

「そんなものみたいな言い方しなくても……」

「物だとは思ってないわよ。ちゃんと友人だと思ってるから」

「ホントにそれだけなの?」

「どういうこと?」

「だって、姉さんが男の人と仲良くしてるのって珍しいし……」

「うふふ、なるほどね。ハル君はお姉ちゃんがリントに取られないか心配なんだ」

「べ、別にそういうわけじゃないけど……」


 顔を赤くしてそっぽを向くハルト。そんなハルトの反応が珍しくて、そして何よりも可愛すぎてリリアは椅子に座ったまま悶える。


(可愛すぎない!? ねぇハル君可愛すぎるんですけど! あんまりハル君を心配させるのは好きじゃないけど、こういう風な嫉妬してくれるならそれもありかなーなんて思っちゃう。あぁ私ってなんて意地悪なお姉ちゃん。そんな私の最高に可愛い弟がハル君ですありがとうございます! っと、こんな当たり前のことに感謝するのは後にして。ハル君が嫉妬してくれるのは嬉しいけど、リントとの仲を勘違いされるのは困る。めっちゃ困る。普通に友達ってだけだし)


 珍しく見せるハルトが嫉妬してくれたことに喜ぶリリアだが、それをそのままにしておくほど鬼畜ではない。


「大丈夫よハル君」

「え?」

「これから先、一生死ぬまで私はハル君一筋だから!」

「……それはそれでちょっとどうかと思うんだけど」

「あれ?」





 それからしばらくして、満腹になったリリアとハルトは食後のお茶を飲んでいた。


「はぁ、満腹満腹っ♪ もうこれ以上は食べれないかな」

「うん、ボクも……お腹いっぱい」

「……ねぇハル君」

「何?」

「明日だね」

「あ……うん、そうだね」


 リリアの言葉の意味にハルトはすぐに気付いた。

 明日、ハルトはイル達と共に帝国へと向かう。

 それにリリアはついて行かない。ついて行けない。


「もう準備できてるの?」

「うん。リオンとイルさんが手伝ってくれて。おかげでバッチリ」

「そっか。なら良かった。もうハル君も私がいなくても色々とできるようになったんだね」

「一人でってわけじゃないけどね。でも、いつまでも姉さんに頼り切りってわけにもいかないから」

「そうだね。ハル君ももう成人してるんだもんね。私としてはまだまだ頼って欲しいけど」

「もう、姉さんはいつまでもボクを子供扱いして……」

「私にとってはいつまでも可愛い弟だもの。これは姉の性ね。そして、そんな姉を見返したいって思うのは……弟の性?」


 弟だった頃の、宗司の記憶を持つリリアはハルトの気持ちも理解している。しかしだからといってハルトの子供扱いをやめるつもりはないのだが。


「どれくらいの期間になるのかはわかってるの?」

「ううん。でもただ挨拶するだけじゃないみたいで。しばらくは帝国に滞在することになるだろうって」

「そっか。それじゃあしばらく会えなくなっちゃうんだね」

「うん……あ、で、でも大丈夫だよ! ボク一人じゃないし。リオン、イルさんも、それにアキラさんもボク達と一緒に行くみたいだから」

「リントの妹ねー。あんまり直接話したことないけど……まぁ、リントの妹なら大丈夫かな。でもいいハル君、仲良くするのはいいけど、仲良くし過ぎるのはダメだからね?」

「どういうこと?」

「わからないならいいんだけど。ハル君にはまだそういうのは早いし……何より私の目の届かない所ってのが不安だけど……うぅ、やっぱり私もついてく!!」

「えぇ!? 今さら無理だよ!」

「無理でもなんでもついてく! こうなったら今からでもアウラに直談判を」

「そんな無茶言わないでよ! と、とにかく一回落ち着いて。他の人も見てるから!」

「うぅ……うぅうううううううっ!」


 ハルトについて行けない悔しさに唸ることしかできないリリア。もちろんリリアもハルトについていけないことは理解している。だが、理解はできても納得はできないのだ。

 それは時間が経った今でも変わっていない。だからこそ冒険者になって足掻いているのだが。

 しかし、リリアも普通であればここまで無茶なことをしようとは思わなかったかもしれない。わざわざ冒険者になってハルトの向かう帝国へ行こうとするなど。

 それでもそんな無茶をしようとするのは、予感がするからだ。

 姉としての直感が告げている。今回のハルトの遠征が、ただでは終わらないという予感が。


「待っててハル君、私も絶対に追いつくから、帝国に行くからね!」

「えぇ……」


 決然と言い放つリリアに、ハルトは困った顔をすることしかできなかった。


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