第192話 成長の喜びと悲しみ

「ふふっ♪」


 リントと別れた後、C級へと昇格した冒険者カードを手にリリアは上機嫌にハルトとの待ち合わせ場所に向かっていた。


「さぁて、そろそろ待ち合わせ場所だけど……あぁいたいた。ハルくーーん!!」

「あっ、姉さん!」


 王都の人混みの中、リリアの姿を探していたハルトはその姿を見つけてパッと表情を明るくする。

 そしてそれはリリアも同様だ。砂漠でオアシスを見つけたようにその瞳を輝かせ、自慢の脚力でもってハルトに駆け寄る。


「ハル君っっ!!」

「うぶぁっ!」

「あー、ハル君ハル君ハル君ハル君!!」

「ちょ、姉さ、くるし——それに人が見てる……」

「ダメよハル君、他の人の目なんて気にしちゃ。それに大丈夫。私の目にはハル君しか映っていないから!」

「それ何の解決にもなってないよ!」


 ハルトも年頃の少年だ。人前で姉に抱き着かれて恥ずかしくないわけがなかった。何よりもリリアは目立つ。

 輝くような金髪は黄金よりも美しく、綺麗に澄んだ碧眼は見る者全てを魅了する。それに加えて均整の取れた完璧なプロポーション。

 道行く誰もが、老若男女関係なくリリアに目を奪われていた。

 そしてそうなれば必然、リリアに抱き着かれているハルトにも注目が集まってしまうわけで。

 ちらほらと《勇者》という言葉が聞こえていた。それと同時に突き刺さるような殺気も。


「ん? なんかハル君に殺気を向けてるやつがいる気がする」

「え、あ、いやそれは……」

「私の前でハル君に殺気を向けようだなんて良い度胸してるわね。どこの誰だか知らないけどぶっ殺して」

「お、落ち着いて姉さん! この殺気はその……なんていうか……とにかく大丈夫だから!」

「でも」

「いいから! それよりも早く行こう!」


 もちろんハルトに向けられた殺気は本物の殺気ではない。ある意味では本物だが……その殺気の大半を占めるのはハルトに対する嫉妬だ。

 リリアのような美少女に抱き着かれて、その胸に顔を埋めるハルトに対する嫉妬。

 ハルトとして全力で弁明したい限りなのだが、それができるはずもない。これでもしハルトとリリアが似ていれば姉弟だと理解されたかもしれないが、ハルトとリリアは髪色も瞳の色も違う。

 パッとみて姉弟だと気付ける人はほとんどいなかった。


「うーん、ハル君がそう言うならいいけど。それじゃ行こっか♪」

「え、手つないだままで行くの?」

「もちろん。だってこれだけ人がいたらハル君とはぐれちゃうかもしれないし」

「いやさすがにそれは……」

「ダメ?」

「ダメっていうか、恥ずかしいっていうか」

「恥ずかしがってるハル君も最高に可愛い♪ でも拒否権は無しね」

「あ、はーい」


 姉弟水入らずということで、この場にはリオンもイルもいない。

 本当の意味でハルトと二人きりになるのは久しぶりだったため、リリアのテンションは非常に高かった。

 もはや何を言っても無駄だと悟ったハルトは諦めてため息を吐く。


「それで、どこに行くの?」

「うん。この間ちょうどいい感じのレストランを見つけてね。そこに行こうと思って。予約してあるから大丈夫だよ」

「さすが姉さん、用意周到だね」

「ハル君のためだもの。前に一回来てるから味も保証できるしね」


 以前リントと共に行った店だ。味の保証はあった。


「肉料理が美味しいお店だからハル君もきっと気にいると思うわ」

「肉料理かぁ、楽しみだなぁ」

「神殿の料理ってちょっと味うすいもんね。野菜中心だし」

「ボクは野菜も好きだけど……姉さんは昔から野菜より肉の方が好きだもんね」

「えぇ。だってお肉の方が美味しいもの。肉肉肉肉肉野菜、くらいのペースでいいのよ」

「それはちょっとどうかと思うけど……」


 リリアは昔から肉の方が好きで、ハルトはどちらもバランスよく食べるタイプだった。

 しかし神殿の料理は菜食主義者もいる関係から野菜が中心の食事の日も多い。衣食住を保証してもらっている身なのでリリアも文句は言わないが、満足していないのは事実だった。


「まぁ私も野菜が嫌いなわけじゃないけどね。お肉をより楽しむためには必要だし。あ、見えてきたわよ」


 他愛のない話をしている間に見せにたどり着き、リリアとハルトは店の中に入る。

 夕食時というこもあって店の中はかなり混雑していた。


「予約していて正解だったわね。普通に来てたら座れなかったかも」

「お二人でご予約のオーネス様ですね」

「えぇ、そうよ。席に案内してもらえる?」

「かしこまりました」


 ススッと音もなくやってきた店員に案内され、リリアとハルトは席に着く。


「姉さんこういうの慣れてるよね……」

「そう?」

「うん、ボクなら店員さんに声かけられたら喋れなくなっちゃうし。最近は少しマシになってきたと思うけど」

「成長ねハル君!」

「このくらいのことを成長って言っていいのかな……」

「できないことができるようになるのは、どんな些細なことであれ成長よ。誇りなさいハル君」

「ちょっと大げさすぎる気もするけど……ありがとう」

「いいのよ。さぁ早く食べましょう。ハル君もお腹空いてるでしょ?」

「うん。お昼の間訓練してたから。すごくお腹空いてるよ」

「偉いわねハル君。最近は勉強もしてるんでしょう?」

「うん。何も知らないままじゃダメだと思うし。帝国に行くならなおさらね」

「この調子じゃ私が追い抜かされるのも時間の問題ね。でも簡単には負けないわよ。私だって努力はしてるんだから」


 ハルトの成長を感じることができてリリアは思わず笑みをこぼした。

 力だけではない。様々な面でハルトは成長していた。

 そのことが何よりも嬉しく、そして一抹の寂しさを感じていた。


「寂しいって思うのは……私の我儘なのかしらね」

「姉さん?」

「ううん、なんでもないわ。それじゃあ始めましょうか。ハル君が帝国行き前に、景気づけにパーッとね!」


 少しの寂しさを、ハルトの成長への喜びで覆い隠し、リリアは高らかに宣言した。






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