第190話 ヒカリゴケ

 スティールモンキーを倒した後、リリアはずっと落ち込んでいた。


「サンドイッチー……」

「お前、サンドイッチ一つでどんだけ落ち込んでんだよ」

「サンドイッチ一つ? バカにしてんじゃないわよ! あれはタマナさんが朝早くに起きて作ってくれた魂のサンドイッチよ! それをあのクソ猿がぁ……あぁもう、クソ腹が立つ!」

「女の子がクソクソ連呼するなよ」

「うっさい!」

「子供かよ……」


 拗ねたようにそっぽを向くリリアを見てリントは苦笑する。


「それで! あとは採取だけでしょ。さっさと見つけなさいよ」

「はいはい……お、案外近かったか。ヒカリゴケこの近くにあるみたいだぞ」

「この近くに?」

「あぁ、たぶんどっかに洞窟っぽいものが……お、あった」

「あの洞窟の中にあるの?」

「あぁ、そのはずだ。とりあえず行ってみようぜ」

「えぇそうね。やる気だったけど、なんかめどくさくなっちゃったし。さっさと採取して帰りましょ」

「テンションの落差よ……」


 さっさと帰りたいリリアはリントの指し示した洞窟へと入る。

 明かりを確保するために火をつけようとしたリリアだったが、そこで不意に洞窟の中が明るいことに気づく。


「明るい? どうして」

「ヒカリゴケのおかげだろ。ほら、見てみろよ」

「……わぁ」


 思わず感嘆の声をあげるリリア。リントの指さした先には幻想的な光景が広がっていた。

 大気中に存在する魔素を吸い、光り輝く苔。その名の通り洞窟の中を光で明るく照らしていた。

 それはリリアにとって初めて見る光景で、ずっと抱えていた苛立ちさえも浄化されていくようだった。


「綺麗……」

「ほんと、こういう光景見るとファンタジーって感じだよな。まぁ、魔法が使える時点で十分ファンタジーなんだけどな」

「隣にいるのがリントじゃなかったらもっと最高だったのに」

「さらっと酷いこと言うなよ!」

「ふふっ、冗談よ。それにしてもこんな風にあるのね。全然想像と違ったわ」

「確かにな。ここ人の手も全然入ってないし。もしかして見つかってない場所なのかもな。お前、運が良かったりすんじゃないか?」

「確かにそれもあるかもしれないわね。一回死んでこうやって転生できてる時点でだいぶ運が良い気がするし」

「それは運が良いで片付けていいのか?」

「いいのよ。それよりも、この景色を壊すのは勿体ないわね。採取はしないといけないけど……最低限にしておきましょうか」

「それでいいのか?」


 ヒカリゴケは発見確率も低いため、かなりの高値で売れる。だから一度発見されれば根こそぎ持って行かれるし、できる限り持って行くのが普通だ。

 それをあえて見逃すというのだから。


「えぇ。私の目的はお金を稼ぐことが本命じゃないもの。あくまでA級やS級の冒険者になること。それだけよ」

「一貫してんなー、ホントに。まぁいいけど。俺も金稼ぎたいわけじゃねーし。その隅っこの方のやつ採取してくか」

「そうね。これって普通にとって大丈夫なの?」

「いや、光りに当てちゃダメらしい。正確には日光だな。だから遮光の道具を使って採取するんだけど……知らなかったのか?」

「えぇ。だって採取の方はリントに任せたじゃない。私は討伐担当、あなたは採取担当。そういう役割分担でしょ」

「いや確かにそうだけど……あのなぁ、そういうことじゃないだろ冒険者って。確かにお前は俺に採取任せたし、俺もそれを受けたけど。だからってお前が採取依頼のことを何にも調べなくていいってわけじゃないだろ。いつでも俺がいるわけじゃないんだから。色んな状況に対応できるように調べれることはちゃんと調べて……おい、聞いてるのか?」


 リントの小言に対して耳を塞ぐリリア。

 リントの言っていることは何も間違っていない。冒険者として正しくあるならばリリアは依頼に関して事前に調べていなければいけないのだ。


「あんたの言うことはわかるけどぉ。たまには楽したいじゃない。人間だもの」

「だからって俺に頼り切るなよ。はぁ、次からは頼むぞほんと」

「はいはい、反省してまーす」

「はいは一回にしろ」

「はーい」

「伸ばすな!」

「細かいわねぇ」

「ホントに反省してんのかお前は」

 文句を言いつつ、リントはヒカリゴケを採取する。


「後二種類ね。あのスティールモンキーは腹が立つけど、今考えたら一番時間がかかりそうな魔物を一番先に見つけれたんだから結果としては良かったわよね」

「まぁ確かにそうだな。スティールモンキーが一番見つけづらいと思ってたし」

「後はリントの仕事と。さぁ、それじゃあさくっと見つけて帰りましょうか」

「……不機嫌になったり上機嫌になったり、ホントに女ってわけわかんねぇ」


 洞窟にやって来た時とは違い、上機嫌に洞窟を出て行くリリアを見送ったのだった。




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