第189話 スティールモンキー

 スティールモンキー。

 今回リリアが討伐の依頼を受けた魔物の一体だ。

 討伐難易度はDからC相当。しかし、決して強い魔物ではない。

 それこそ強さだけで言うならばゴブリンやコボルドより少し強い程度。

 新米冒険者でも勝てる強さ。では何がスティールモンキーの討伐難易度を引き上げているのかと言えば、それはそのずる賢さだ。

 道具や罠、地形を使って逃げ回る。自身に地の利があることを理解しているのだ。

 わざと相手を挑発するような真似をし、視野を狭め、罠に嵌める知恵もある。

 多くの冒険者が一度はスティールモンキーに辛酸を舐めさせられるのだ。

 そして、スティールモンキーにサンドイッチを奪われたリリアは今——。


「待ちなさいこのクソ猿!!」

「キッキッキ♪」


 木々の間を飛び回りながらリリアのことを挑発するスティールモンキー。

 リリアも全力で追いかけているのだが、いかんせんその距離を詰めることができないでいた。

 単純な速さで言うならばリリアの方が上。しかし、スティールモンキーが地の利を生かしてリリアとの距離が縮まらないようにしているのだ。


「お、おい! 落ち着けリリア!」

「黙りなさい。この私から物を奪っておいて、それも食べ物を奪っておいてただで済むと思わないことね。生まれて来たことを後悔させてやるわ」

「サンドイッチでどんだけ怒ってんだよ! って、そうじゃねぇよ! おかしいだろリリア、こいつは明らかに俺達のことを誘導してる!」


 もしスティールモンキーが本気で逃げていたらとっくにリリアとリントはその姿を見失っているはずだ。スティールモンキーは明らかにリリアとリントのことをどこかへと誘導していた。


「だったらその罠ごと食い散らかす!」

「だぁああああ! どこまで脳筋なんだよおめぇは! ゴリラか? ゴリラなのかお前! いや、ゴリラの方がもっと賢いぞ!」

「うっさいわね! ゴリラゴリラって、それが十七歳のうら若き美少女に向かって言うこと? 後でぶっ飛ばすから覚えときなさい」

「そういうところがゴリラだって言ってんだよ!」


 言い争うリリアとリントの姿を面白そうに見るスティールモンキー。

 リリアに言っても無駄ならこっちで対処してやろうと魔法の発動準備をするリントだが、それすらもスティールモンキーは読んでいるのか、右へ左へと素早く移動するせいで上手く狙いを定められない。

 範囲魔法を使おうにも、威力の高いものしかなく、今のリントとスティールモンキーの距離で放てば確実に巻き込まれる。


「こいつ……もしかして魔法使いの対処法まで心得てるってのか? だとしたら相当厄介だぞ」


 近距離の戦士。遠距離の魔法使い。その両方を同時に対処している。リントは目の前にいるスティールモンキーが相当狡猾な存在であると認識を改めた。

 そして同時に、そんな狡猾なスティールモンキーがどこへ誘導しようとしているのかということに僅かな恐怖を覚える。

 罠に嵌った冒険者の末路は目に見えている。


「せめてあと一人でも遠距離攻撃ができる仲間がいたらな……言ってもしょうがないことだが。しょうがない。こうなったら無理やりにでもリリアを止めるしか」


 そもそも現状でリリアとリントが奪われたのはサンドイッチだけ。討伐依頼の対象ではあるが、命の危険を冒してまで追う必要はない。

 レフィールも言っていたことだ。命の危険を感じたら引くようにと。そしてリントは今まさに命の危険を感じていた。


「おいリリア——っ!?」


 リリアに声を掛けようとしたリントだったが、その前にリントが持つスマホに魔物の反応が入る。

 それも普通の魔物じゃない。大型の魔物。そこでリントは気付いた。

 このスティールモンキーはこの魔物いる場所に誘導しようとしていたのだということに。


「まずいぞリリア! この先に魔物が——あ、おい!」

「もうあったま来た!」


 リントが呼び止める間もなく、リリアはスティールモンキーに向けてさらにスピードを上げてスティールモンキーと距離を詰める。

 慌ててリントも後を追うと、スティールモンキーが逃げ込んだ向かったところはそこだけ開けた、大きな穴が開いた場所だった。

 ぽっかりと空いた大きな穴。リントの持つスマホはその中に魔物の反応を捉えている。


(こいつが本命……こいつら、協力して狩りしてやがるのか!)


 リントがゾッとした感覚を覚えた時にはもう遅い。大穴から姿を現したのは巨大なサンドワーム。討伐難度Bクラスの危険な魔物だ。

 地中から急襲し、獲物を丸呑みにして喰らう。無防備な状態のリリアとリントはサンドワームにとって恰好の獲物だった。


「キキッ♪」


 罠に嵌ったことを見たスティールモンキーがニヤリと笑う。

 リントが魔法を放とうとするが、それも間に合わない。

 リリアとリントがサンドワームに呑み込まれる——その瞬間だった。


「邪魔だって……言ってんでしょうが!!」


 【姉障壁】で足場を作り、跳んだリリアはそのまま怒りを丸ごとぶつけるかのように【姉獅落とし】をサンドワームに叩き込む。


「キキッ!?」


 サンドワームを蹴り倒した勢いを利用して、そのままスティールモンキーに肉薄するリリア。

 まさかの事態に動揺を隠せないスティールモンキーはリリアの接近を許してしまった。

 そしてそれはつまり、スティールモンキーの詰みを意味する。


「お仕置きの時間よ。後悔しながら死になさい——【姉破槌】!!」


 リリアの怒りの鉄槌がスティールモンキーに叩き込まれる。

 ゴブリン程度の耐久力しか持たないスティールモンキーにその一撃が耐えきれるはずもなく、スティールモンキーは地面に叩きつけられ絶命した。

 亡骸となったスティールモンキーの前に着地したリリアは心底スッキリした笑顔で息を吐く。


「はぁー、スッキリした。この手合いは殴ってわからせるに限るわね」

「わからせるっていうか……死んでるけどな。なんていうか……うん」


 心配していた自分がバカらしくなるリント。リリアは言った通り、罠も全て食い破ってみせたのだ。


「細かいことはいいじゃない。それじゃあサンドイッチを取り返して……あぁっ!?」

「ど、どうした?!」

「サ……サンドイッチが……」


 わなわなと震え、スティールモンキーの方を指さすリリア。

 リントが見てみると、サンドイッチはスティールモンキーの体に下にあった。

 完全に押しつぶされた状態で。

 リリアに殴り飛ばされ、地面に叩きつけられた時に一緒に潰れたのだろう。

 当然ながら食べれる状態じゃない。


「なんで……なんでこうなるのよぉおおおおおっっ!!」


 リリアの悲痛な叫びが山の中に響き渡った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る