第188話 アキラの事情
「え、あなたの妹がハル君と一緒に帝国に行くの?」
リントから思いもよらぬことを言われ、リリアは一瞬脳をフリーズさせていた。
それだけ驚きだったのだ。
「その反応だとホントに何も聞いてなかったんだな」
「えぇ。不本意なことだけど、アウラがハル君の帝国行きに関する予定を私にわざと伝わらないようにしてるのよ。タマナさんも私には教えられないって言うし」
アウラがリリアに対してそんなことをしているのは、リリアの暴走を防ぐためだ。ハルトの帝国での予定を逐一リリアに教えていたら、リリアがその全ての口を挟んでくることは目に見えている。
だからこそアウラはハルトの帝国行きに関する情報をリリアに教えないようにしているのだ。
リリアもあの手この手で調べようとしているが、その成果は芳しくない。
「お前に教えてたら口出しされるかもしれないから、それが嫌なんだろ」
「失礼ね。私はだって良識はわきまえてるわ。無茶なことは言わないわよ」
「何も言わないわけではないんだな。ってかその言い方だと口挟む気満々じゃねーか」
「当たり前でしょ。ハル君に関することなんだから。それで、いいから教えなさい。なんでなたの妹がハル君と一緒に帝国に行くことになるわけ。この私を差し置いて、なんであなたの妹が?」
「やめろ。その目怖いからやめろ」
「……ふぅ、まぁあなたを追い詰めてもしょうがないしね。それで、教えなさいよ」
「聞かれるだろうとは思ってたけど……ちなみにこれは秘密事項だから、言いふらしたりするなよ。いいか? 絶対だぞ」
「そんなに念を押さなくても、わかったわ。ここで聞いた話を言いふらしたりはしない。そう約束する」
「ホントに頼むぞ? それでまぁ、肝心の内容なんだけどな。今回お前の弟が帝国に行くのは新しい《勇者》として、その名前を覚えてもらうためだろ」
「えぇ、そうよ。本当なら王都の祝典で終わるはずだったけど、あんなことになっちゃったから。今度はこっちから挨拶をってことになったって聞いたわ」
「つまりこの国の《勇者》の存在を諸外国に知らしめることが目的なわけだ。この国には新しい《勇者》がいるんだぞってな。だからこそ俺の妹も選ばれた」
「……話がよく見えないんだけど?」
「つまりな、《勇者》なんだよ。アキラも」
「……はい? え。いや、ちょっと待って……《勇者》? あなたの妹が?」
あまりにあっさりと告げられた真実にリリアは一瞬理解が遅れる。
「お前でもそんな顔するんだな」
「そんなことはどうでもいいから! あなたの妹が《勇者》ってどういうことよ」
「そのまんまの意味だよ。この国にっていうか……この世界にやって来た時に、俺達にも『職業』が与えられた。それが《勇者》だったんだ。アキラはな。正確には《勇者 (異世界)》だったけど」
「つまりあなたの妹も《勇者》だから、そのことを伝えるために一緒に行くってこと? そんなこと急に発表したりしたら大混乱になるわよ。《勇者》が同じ年に同じ国に二人なんて」
「だからあくまで表向きはお前の弟だけだ。アキラが《勇者》だってことを伝えるのは一部の存在だけ、らしい。何を考えてるかなんて知らないけどな。なんでも王様命令だそうだ」
「ちょっと待って。あなた達がこの世界にやって来たのって、偶然じゃないのよね」
「あぁ。俺は巻き込まれたから偶然だけど。アキラは違う。あいつがこの世界に召喚された。つまり呼ばれたってことだな」
「呼んだのは?」
「この国の王だな。俺らが一番最初にあったのもこの国の王様と、その王子様だったし。あの王女様は会わなかったけど」
「あの愚王……一体何を考えてるのよ」
「おいおい、愚王呼ばわりはさすがにまずいだろ」
「知らないわよ。大層な考えがあるのかないのか知らないけど、異世界からわざわざ《勇者》を召喚するなんて……ハル君の特別性が薄まるでしょ!!」
「怒ってるのそんな理由かよ! もっと俺らのために怒ってるのかと思ったわ!」
「まぁあなた達にも確かに同情はするけど。それよりもハル君よ。せっかく《勇者》に選ばれたのよ? それなのに《勇者》はもう一人いますーなんて、ハル君のインパクトが弱くなるでしょ。むしろ異世界からの《勇者》とか、そっちの方がインパクト強いじゃない! ふざけるなって話よ。ハル君は一番に輝いてないといけないの!」
「わけわからんわ!」
「くぅ、まさかあなたの妹が《勇者》だったなんて。完全に予想外だわ。なんとかしないと」
「なんとかって、お前なにするつもりだよ」
「そんなに警戒しなくても、手荒な真似はしないわよ。そんなことしたら私がハル君に嫌われちゃうもの。そんなことになったら世界を道連れに自殺することになっちゃうじゃない」
「いや怖ぇよ」
「はぁ……やっぱりこうなったら私も早く帝国に行けるように冒険者ランクを上げていくしかないわね」
「結局そこに行きつくのな」
「当たり前でしょ。んで、まだ見つからないわけヒカリゴケ」
「あぁ、このあたりのはずなんだけどな」
魔法を使い、ずっとヒカリゴケを捜索しているリントだったがなかなか反応が無く見つからない。
討伐目標である魔物も見つからず、リリアは若干苛立ち始めていた。
「そろそろお昼でお腹も空いてきたし。持ってきたサンドイッチでも食べようかしら」
「そんなもん持ってきてたのかよ」
「軽食用にね。タマナさんに作ってもらったの」
「いや、サンドイッチくらい自分で作れよ。っていうか、自分で料理とかしないのか?」
「……知ってる? まな板ってね、もろいのよ」
「だいたい察した。ちなみに俺の分は……」
「あるわけないじゃない」
「だよな! そういうやつだよなお前は!」
「ふふっ、冗談よ。タマナさんにリントの分もってもらってきてるから。ほら、とりあえずこれを——」
その瞬間だった。
完全に油断していたリリアとリントの間を一陣の風が通り過ぎる。
そして風が通り過ぎた後、リリアの手からサンドイッチは消えていた。
「「……へ?」」
「ウキキッ♪」
ぽかんとした表情を浮かべるリリアとリントを嘲笑する声。弾かれるように目を向けた二人の視界の先にいたのは、大きな猿の魔物『スティールモンキー』だった。
スティールモンキーはその名の通り、人の物を奪うことで有名な魔物。そして、今回のリリアの討伐対象だった。
スティールモンキーはリリアから奪ったサンドイッチを見せびらかすようにひらひらと振って、小馬鹿にするような笑みを浮かべて逃げていく。
「あー……えーと……リリア?」
「殺す」
般若がいた。
サンドイッチを奪われたこと、馬鹿にされたこと、その全てがリリアの怒りの導線に火をつけ、あっという間に爆発させた。
「あのクソ猿……生きてきたことを後悔させてやるっ!! 行くわよリント!」
「あぁ、やっぱりそうなるよなぁ」
リントはため息を吐いてからスティールモンキーを追って木々を圧し折りながら走って行くリリアの後を追いかけた。
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