第176話 初心の森

 リントを半ば無理やり仲間に引き入れたリリアはゴブリンの巣がある森へとやってきていた。

 王都の南西に位置する巨大な森だ。リリアがカイザーコングやアースドラゴンと戦った森とは違って、強い魔物は少ないがその代わりにずば抜けて魔物の種類が多い。ゴブリンだけでもその派生が数十種いると言われているほどだ。

 この森では様々な魔物への対応が求められるため、冒険者になりたての初心者はここで魔物に対する実戦経験を積んでいくことになるのだ。

 それゆえに冒険者達の間では『初心の森』などと呼ばれている。この森にくればいつでも冒険者になった時の初心を思い出せるからだ。


「しっかし、ほんとに森森してんなー、ここ」

「あら、来たことあるの?」

「あぁ。生徒達連れてな。魔法の実践練習ってことで。まぁ問題があったら困るから、一部の成績優秀生徒だけだけどな」

「へぇ、どうだったの?」

「どうもなにも。お坊ちゃんとかお嬢様ばっかりだからな。ちょっと虫が飛ぶだけでワーキャー騒いで。ろくに魔法も使えなかったよ。まもとに魔法使えたのはアキラと……あと、お前の友達のフラガさんくらいだな」

「フブキが? あの子優秀生徒だったの?」

「かなり優秀だぞ。まぁアキラほどじゃないんだけど」

「ふっ、そこで妹の名前が出てくるあたりシスコンね」

「シスコンじゃねぇ! 俺はあくまで事実を言っただけだ!」

「はいはい。そういうことにしといてあげるわ」

「うぐぐ……この野郎」

「残念、私野郎じゃないもの」

「そういう意味で言ってんじゃねーよ! わかって言ってんだろお前」

「えぇ、もちろん」

「くそ、こいつ……もういい。お前の言うことにいちいち反応してたらキリがないしな。そういえば、お前は虫平気なんだな」

「平気も何も、魔物でもない虫を恐れる理由がないでしょう? 素手で潰せるわよ」

「さすがにそこまでいくと引くぞ」

「別にあなたに引かれても気にしないけど」

「いや、そういうこと言ってんじゃなくてだな。お前、そんなんじゃ彼氏できないぞ」

「余計なお世話よ。それに別に彼氏なんて欲しいわけじゃないし」

「勿体ねぇなぁ。せっかく美人なのに。お前がその気になったらどんな男でも落とせるだろ」


 リリアの輝くような金髪は、薄暗い森の中にあってなお光輝いている。そして海のような静謐さを携えた碧眼はどこまでも澄んでいて、見るものを引き込む。


「何よ、ジロジロ見て。見惚れてるの?」

「ちげーよバカ。っていうか訂正する。お前は確かに美人だけど、その性格直さない限り絶対彼氏はできねー」

「私はハル君以外の男にどう思われても全く気にしないけど」

「お前、自称するだけあってほんとにブラコンだな」

「あなたもシスコンでしょ?」

「ちっげぇよ!! いつになったらその考え捨てんだよ」

「あなたがシスコンだって認めるまで。別に恥ずかしがることじゃないじゃない。家族なんだもの。好きで当たり前でしょ」

「いや、確かにそうなのかもしれないけどなぁ。だからってシスコンって呼ばれ方は……」

「それを恥だと思ってるうちはまだまだね。シスコンブラコンは誉れだと思いなさいな」

「普通はそこまで極まらねーよ。はぁ、お前そんな調子で大丈夫なのかよ」

「何が?」

「弟に彼女なんかできたらどうすんだ? この世界じゃもう成人なんだろ? 特に《勇者》なんてもんに選ばれてるわけだし。そういう誘いも多いだろ」

「……そうね。そうかもしれないわ」

「あれ、絶対渡さないなんてことは言わないんだな」

「言わないわよ。子供じゃないんだから。まぁ、最近考えを改めたということもあるけど」

「へぇ。どんな心境の変化だよ」

「ハル君が強くなりたいと願うなら、私だけじゃなくて色んな人との関わりが必要だと思ったのよ。その過程でハル君が誰かに惹かれたというなら……いうなら、認めることも……やぶさかでは……」

「いや、認めるって奴の顔じゃねぇぞ。想像しただけで殺しそうな顔してんじゃねーか」

「あぁもう!! あなたが余計なこと想像させるからでしょ! もしハル君に彼女ができるとしても、私の条件を満たさない限り絶対に認めないとだけは言っておくわ」

「でた。そういうこと言う奴いるよなぁ。でもよぉ、あんまりキツキツに締め付けてるといつか反抗されて逃げられるぞ。下手したら縁を切られるなんてことも——うぐっ!」

「余計な、想像を、させるんじゃないわよ。ハル君に限ってそんなことあるわけないでしょ」

「うぐぐぐ、死ぬ! 死ぬ死ぬ! 悪かったから首絞めんな! マジで落ちる!」

「……ふん、せいぜい反省することね」

「ごほっ、ごほっ……おま、お前なぁ。いまマジで危なかったぞ」

「悪かったわよ。それより、さっきから無駄話ばっかりしてるけどちゃんと探してくれてるの?」

「あぁ探してるよ。この魔法発動したら後は勝手にやってくれるから暇なんだよ」

「だから無駄話ってわけね。まぁ黙ってられるよりはマシだけど。それにあなたは他の男と違って私のことを変な目で見るようなことをしないしね」

「しねーよ。お前の性格知ったあとならなおさらな」

「そうしてくれると助かるわ。いい関係を築けそうね、私達」

「俺が一方的に苦労する羽目になりそうだがな……っ、ちょっと待て。反応があった」

「ようやく見つかったってわけね」

「こりゃ結構な数いるぞ」

「いいじゃない。私の力を教えてあげるわ」



 自信に満ちた笑みを浮かべて、リリアとリントはゴブリンの巣の反応があった方へと向かうのだった。




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